第02話:魔法
「勇者はウォークレア大陸の王都ランシスにいるはずじゃ」
大空を駆けるシリウスの背にまたがりながら、ライラがそう言った。
「まさか、王都ランシスの勇者ってレオナード・ランシスのこと言ってんじゃねぇよな?」
「もちろんそのレオナードのことなのじゃ」
ライラの間抜けな返答に頭が痛くなった。
おいおい、冗談はよしてくれ。レオナード・ランシスといえばマジもんの勇者じゃねぇか。しかも、レオナードは大国ランシスの王太子でもある。
「そんな大物がおまえなんかに会ってくれるはずがないだろ」
「何故じゃ?」
「おまえがガキで、ただの一般人だからだよ」
「わしは魔王なのじゃ」
「それはごっこ遊びの話だろ」
「ごっこ遊びではないのじゃ!」
思わずため息が漏れる。王族に会うのがどれだけ大変なことかわかってるのか、こいつ?
お優しい勇者様が気まぐれで謁見を許してくれりゃあいいんだけど。いや、それはそれでこのお嬢ちゃんが不敬を働かないか心配ではあるか。
まあ、せっかくランシスまで旅をするんだから、一目くらいは拝ませてやりたいもんだ。
そんなことを考えていると、シリウスが警告を示すランプを点灯させた。
「ご主人はん! えらいこっちゃ! 後ろからヤバいのきよるで!」
俺は急いでハンドルの付け根から延びるバックミラーで背後を確認する。
バックミラーには魔物の群れが映っていた。あれは翼竜ワイバーンだ。大きな翼を羽ばたかせて俺たちに向かってきている。
ライラもワイバーンに気づいたらしい。俺にしがみついた腕を通して、ライラの緊張が伝わる。
「まさかあいつらもお嬢ちゃんの追手だったりするのか?」
「…………死んで詫びたら許してもらえるのじゃ?」
マジか。ワイバーンまで巻き込むなんて、とんだ魔王ごっこだな。
いや、この際、そんなことはどうでもいい。どうやってこの状況を切り抜ける?
風を切る音が耳をつんざく。慌ててハンドルをきると、俺の肩をかすめるようにしてワイバーンの爪が空を切り裂いていく。あと少し回避が遅れていたら即死だった。寸でのところまで迫った死の気配に身震いする。しかし、竦んでいる暇はない。
「シリウス、回避をサポートしろ!」
「わかったで! まかしとき!」
次々に襲い掛かってくるワイバーン。それを避けるために、シリウスを上下左右に急旋回させ、急加速と急減速を繰り返す。何とか追撃をかわし続けているものの、このままではじり貧だ。何か突破口を見つけないと。
とはいえ、この船に武器は積んでいない。俺のリボルバーはワイバーンには威力不足。こんな状態で戦うのは無謀だ。かといって、全速力で逃げ切ろうにも、これ以上に荒い運転をしたらお嬢ちゃんを振り落としかねない。これじゃ八方塞がりだ。
「わしの奥の手を使うのじゃ! 5秒……いや、3秒でよい。姿勢を保つのじゃ!」
俺はとっさにシリウスに「姿勢制御優先だ!」と指示を出す。ライラが何をする気なのかはわからない。盛大な博打だが、今はライラに賭けるしかない。
ライラが俺の背中で何かを唱え始める。聞きなれない発音。これは古代語?
俺の胸のあたりにしがみついていたライラの腕が、上の方へずれて俺の両肩を掴んだ。バックミラーをみてギョッとする。この速度の中、ライラがタンデムシートの上に立ち上がろうとしている。
バカか!? 吹き飛ばされるぞ!
俺が止める間もなく、ライラは立ち上がった。両手を前に突き出して叫ぶ。
「《
その刹那、闇が空を覆った。黒が白に、白が黒に、世界が反転する。周囲の世界が、時間が、凍り付いたように制止する。そして、突き出したライラの両掌から流星群のように幾百もの光が放たれ、ワイバーンの群れをめった刺しにする。
やがて、刻むことを忘れていた時間が思い出したかのように動き出し、世界が色を取り戻していく。
ワイバーンの群れが、体中から血を流しながら落下していく。
安堵もつかの間、俺は思わず振り返った。そこにライラはいない。あのバカ、落ちやがった!
シリウスを180度急旋回させると、眼下に視線を走らせる。……いた。
「ライラっ!」
ライラの小さな体が重力に引かれて落ちていく。
ステップを引くとシリウスが鋭く機首を下げた。アクセル全開。まっすぐライラの落下軌道を追うように急降下する。
風圧で機体が軋む。空気が金切り声のように唸る。それでも、俺はシリウスに命じる。「シリウス! もっと! もっとだ!」応えるようにシリウスのエンジンがひときわ高く唸る。
地面が迫る。切り立った岩場と黒い森が視界いっぱいに広がる。このスピードで突き進めば、俺もシリウスもただでは済まない。それでも、ライラを助けるためにスピードは一切緩めない。
あと少しっ!
伸ばした手の先がライラの手首に触れる。あと数センチ。身を乗り出すと全身に風を受けてバランスを崩しそうになる。それでも願うようにひたすらに手を伸ばす。そして、掴んだ。
歯を食いしばってライラを引き寄せる。その小さな体を離さないように抱きしめる。
ステップを全力で踏み込む。シリウスが上昇しようと機首を上げるが、この落下速度には抗えない。
森林へとシリウスの向きを変えると、半ば神頼みでハンドルを操作する。断続して機体に衝撃が走る。幾本もの木の枝をぶち折って、速度が少しだけ落ちた。
もう地面は目前。不時着する!
シリウスが警告をあげる。「ガツンくるで! ふんばりや!」
次の瞬間、下から突き上げられたような大きな衝撃が襲った。バウンドした機体が激しく揺れる。体が放り出されそうになるが、必死にシリウスにしがみつく。ライラも離さない。
シリウスは数十メートルほど地面を滑り続けてから止まった。
……なんとか助かったみたいだ。俺もシリウスもボロボロだった。
腕の中のライラに目を落とす。目立った外傷はないし、呼吸もある。しかし、その息は絶え絶えだし、何より意識がなかった。呼んでも、揺すっても、目を覚ます様子はない。
「おいおい、どうしちまったんだよ?」
俺の胸の中で心臓が早鐘を打っていた。
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