魔王様、お届けしますっ!
ペーンネームはまだ無い
第01話:運び屋
「わしを――この魔王ライラを勇者のもとに配達してもらいたいのじゃ」
平日の昼下がり。そう言って店兼ガレージに入ってきたのは、10歳くらいの少女だった。どうみても魔族を率いる王には見えない。
この店は運び屋家業を営む場末の営業所だ。ギルドから細々と依頼を請け負っているが、正直金回りは良くない。外観も室内もオンボロ。こんな店に飛び込みで依頼者がやってくることはまずないし、それが魔王だなんてありえるはずがない。こりゃ、ただの悪戯だな。
俺は「いらっしゃい」という言葉を飲み込むと、ため息をついて
「むぅ。無視するでない。わしは客じゃぞ」と不満そうな声がする。
「はいはい、お嬢ちゃん。遊ぶなら他所でやってもらえるかい? 見て分かる通りここは運び屋の店だ」
「子供扱いするでないのじゃ!」
「そういわれても、おまえ、どうみても子供だぞ」
「おぬしだって子供なのじゃ!」
「俺は16だ。まだ酒は飲めないが、ウィンドライダーの免許は取れる大人さ」
「なんじゃい。背伸びして大人ぶっただけの子供ではないか」
イラっとして少女を睨むと、少女もこちらを睨み返していた。
改めて見ると、少女は育ちの良さそうな見た目をしていた。長い銀髪はよく手入れをされているように見えるし、身に着けている漆黒のケープは仕立てがよさそうだ。これは金の匂いがする。
この少女の話を聞くのは気に食わないが、食い
「……まあいい。話くらい聞こうか」
俺はウィンドライダーのメンテナンスに区切りをつけると、少女へと向き直って奥のカウンターまで案内する。
「まずは自己紹介だ。俺はカイル・ドミナス。腕利きの運び屋だ」
「……自分で『腕利き』などと恥ずかしくないのじゃ?」
「うるせえな。事実だから良いんだよ。それよりおまえの名前は?」
「わしは、ライラ・オー・ドルミナート。魔王なのじゃ」
「魔王ごっこは終わりにしろ」
「ごっこではないのじゃ!」
どうやら魔王という設定を撤回する気はないらしい。
「そうかい。なら、それでいい。こっちとしちゃ貰えるもん貰えりゃ、おまえの素性なんてどうでもいいからな。で、いくらだせるんだ?」
「ふふ……。おぬしには、金より価値のあるものを報酬としてやるのじゃ」
「金より価値のあるものなんて無い」
きっぱりと言ってやるが、ライラと名乗る少女はそれを無視して言葉を続ける。
「わしの全てを、おぬしにくれてやるのじゃ」
「いらねぇ。帰れ」
俺はウィンドライダーの方に向き直ろうとする。が、俺の腕をライラが掴んで離さない。
「……すまんのじゃあ。調子に乗ってたのじゃ」
ライラは目の端に涙を浮かべていた。……やれやれ。
「反省したならいい。今後は要件だけを――」
「死のう」
「は?」
「わしみたいなチンチクリンが大人の魅力を出そうと『わしの全てを、おぬしにくれてやろう』じゃなんて、100年早かったのじゃ。思い出すと、恥ずかしくなって、恥ずか死しそうになるのじゃ」
「おいおい、ちょっと落ち着――」
「そもそも、威厳を出そうと思って『のじゃ』口調にしているのも似合ってなかったりするんでしょうか? すみません。すみません。もう死にたい。むしろ、死んで詫びたほうが良かったりするのでしょうか? そうですよね、わかりました。死にます」
懐から豪華な装飾のついたダガーを取り出して刃を首に充てたライラが「ありがとうございました。さようなら」と言い出すものだから、俺は慌てて止めに入る。なんだこいつ、情緒不安定なのか?
「オーケー、オーケー。いいから先ずは落ち着け」
手を止めたライラが上目遣いで俺をじっと見つめる。
「……わしのこと、嫌いにならないのじゃ?」
「ああ、嫌いにならない」
嫌いになる以前に好きにもなっていないけれど。
「わしのこと、怒ってないのじゃ?」
「ああ、怒っていない」
「……良かったのじゃ」
安堵の表情を浮かべたライラが手を少しずつ下ろす。
「せめてものお詫びじゃ」そう言ってライラは俺に革袋を押し付けた。ずしりと重い。
中を開けてみると、大量の金貨が現れた。驚きながらもその1枚を手に取る。どう見ても本物だ。
「なんなんだよ、これ。一体いくらあるんだ?」
「1000枚はあると思うのじゃ」
「はぁ?」
おいおい、金貨1000枚なんて、俺の店が20軒は建つ額だぞ。慎ましく生活すれば一生くらせるかもしれない額だ。
こんな金は受け取れない。そう言おうとする意志とは反対に、体が勝手に革袋をカウンター裏の金庫にしまい込んだ。金は人を狂わせる、とはよく言ったものだ。すべては魅力的すぎる金貨が悪いんだ。
はぁ……。受け取るものは受け取ってしまったんだし、せめてこいつの魔王ごっこ遊びに付き合ってやるくらいはしないと罰が当たるか。
「それで、おまえは俺に何してほしいんだっけ?」
「わしを勇者のもとに運んでほしいのじゃ」
勇者のもとに……ねぇ。まさか本物の勇者じゃあるまいし、おおかた勇者役を任せられたこいつの友人ってところか。その気の毒なやつのところまでこいつを送り届けるのが依頼ってわけね。
「はいはい、了解。お嬢ちゃん」
指をパチンと鳴らして「出発の準備だ、『シリウス』」と声認証を行う。古びたガレージの奥からエンジンの唸りを上げて現れたのは、俺の相棒でウィンドライダーの『シリウス』。流線型のボディは塗装が剥げ、何箇所もへこんでるが、エンジンだけは現役だ。俺の手で何度も分解して、組み直して、魂を込めてきた機体だ。
シリウスが機械音声で応える。「いつでもいけまっせ、ご主人はん!」
「おぉ! 機械が喋ったのじゃ!」
ライラが目を輝かせながらシリウスを見つめている。俺は誇らしくなって少しだけ胸を張る。
「特別製の自立型ウィンドライダーだ。立派に見えるかもしれないが――」
次の瞬間、店の入り口が爆発した。俺は反射的にライラを庇いながら飛び退く。
何事かとそちらに目をやると、粉塵の奥から3つの影が店に入ってきた。
漆黒のローブに身を包んでいるが、すっぽりとかぶったフードの隙間からはヤギの顔を覗かせている。こいつら魔族か? なんで魔族がこの店に? 「っていうか、壊したドアを弁償しろよ。おまえら」
俺の声なんか聞こえなかったように、先頭のヤギ頭が言う。
「お迎えにあがりました。魔王様」
なんだ? こいつらもライラの魔王ごっこに付き合ってる連中なのか?
「ええい。わしは帰らぬのじゃ! わしには為すことがあるのじゃ!」
「そうですか。素直にお戻りいただければ良かったのですが、さもなくば力づくでお戻りいただくまでです」
ヤギ頭たちがロングソードを構えて、ライラと俺を睨みつける。その姿には殺気すら感じる。
おいおい、こんな奴らがいるなんて聞いていないぞ。これは追加料金貰わないとやってられないな。
俺は、ライラとヤギ頭の間を遮るように立った。
「邪魔をする気か。人間よ」
「あんたたちには悪いが、これは俺が配達を請け負った荷物なんでね。渡すわけにはいかねぇんだ」
「ほざくな、人げ――」
言葉の続きは語らせない。俺は腰からリボルバーを引き抜くと、まばたき程の時間で3人のヤギ頭の眉間と胸を撃った。
俺は崩れ落ちた3人を見下ろす。「安心しろ。そいつは麻痺弾だ。死にはしねぇよ。しばらくは痺れて動けないだろうけどな」
もちろん3人の懐を漁るのは忘れない。ドアの修理費用はちゃんと回収させてもらう。
俺は振り返って呆然としているライラに声をかける。
「なぁ、まだ他にもこんな奴らがいるのか?」
「そうじゃな。まだまだ折ると思うのじゃ」
「マジかよ。これ以上、店を壊されるのはゴメンだぜ」
「すまんのじゃ……。死んでお詫びしたほうが良いのじゃ?」
「謝る暇があるなら、さっさとシリウスに乗れ。次の追手が来る前に出発しちまうぞ」
シリウスのタンデムシート兼荷台にライラを乗せると、俺もシリウスにまたがる。
「行くぞ。しっかり掴まってろよ」
ライラが小さな身体でぎゅっと俺の背中にしがみついたのを確認してから、俺はステップを足で踏み込んだ。シリウスがふわりと浮き上がる。
「おぉ! これが空を駆ける機械か。……わし、少し緊張しておるのじゃ」
「安心しろ。空を飛ぶのは最高に気持ちいいぞ」
「うむ。信じるのじゃ、カイル」
景気よく店の入り口はぶっ壊れている。進路に障害はない。俺はゴーグルをつけて勢いよくアクセルグリップを回す。
瞬間、身体が後ろに引っ張られる感覚。俺とライラを乗せたシリウスは勢いよく店から飛び出る。
ステップを更に踏み込むとぐんぐんとシリウスの高度が増す。
すでにそこはもう大空。
さあ、魔王を勇者に届ける旅の始まりだ。
「……ところで、その勇者ってやつは何処にいるんだ?」
「そんなことも知らんで出発したのじゃ……?」
「うるせぇ。急いでたからしょうがねぇんだよ」
とにかく、俺たちの旅は始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます