第9話 耳には聞こえない、心の悲鳴

恋をする運命にある者は誰でも一目で恋をする。

―「お気に召すまま」byシェークスピア―


かのシェークスピアはかくのごとく言った。


そうなのだろうか・・・。


それが真実なら、神さまはいたずら好きなのかもしれない。


なぜなら、片方が一目で恋に落ちても、もう片方がそうであるとは限らないからだ。


その時僕はとある女のコに好かれていた。


もしシェークスピアの言葉が本当であるならば、その女のコは一目で僕を好きになったことになる。


その一方で。


僕がその女のコを初めて見たときの感想はこうだった。


「宇宙からの使者ですか?」


*****


その夏の終わりのことだった。


夏の終わりというのは祭りの後みたいに、少し、寂しい気配を含んでいる。


その夏が感慨深いものなら、なおさらそういう思いが強くなる。


夏の名残り。


それは置いてけぼりにされたセミの鳴き声。


それは日焼けした肌。


それはココナッツミルクの香り。


そして間違っても「悪魔からのCD-R」ではなかった。


僕はその時、夕暮れに染まる琵琶湖を眺めながら、公園のベンチでモノ思いにふけっていた。


ダダ: 「キレイだね」


隣でそうつぶやく声が聞こえた。


せっかくその存在を忘れていたのだが、思い出してしまった。


ダダ: 「ずっとこうしてたいな」


ほんとに一人でここにずっといてくれるの!?じゃあ僕はさっさと帰るよ!


心の中でそう思ったが、口には出せなかった。


僕は小心者なのだ。


ダダ: 「ずっとアタシだけを見ていてほしいな」


僕: 「・・・。」


目が死んじゃうよ、マジで。


パワードダダ: 「お姉ちゃん、ジュース買って来たよ、ハイ」


パワードダダはダダ星人の妹だ。


パワードダダもダダ星人と同じくらい顔が大きいのだが、特に鼻に特徴がある。


鼻は低いのだが、上を向いていた。


ちょうど正面から鼻の穴がのぞける状態にある。


それは二酸化炭素比率が上昇する地球において生存していくためのダダ一族なりの進化の仕方だったのかもしれない。


正面からくる風に対してとても通気性が良さそうだった。


妹さんはその時高校3年だった。


ダダ星人はたしか数日前の電話でこう言ったのだった。


ダダ: 「ねえ、結構カワイイ女子高生いるんだけど、紹介してほしい?」


鼻息が荒くなるのを抑えて、


僕: 「そうだなあ、別にそれほどでもないけど、どっちかっていうと紹介してほしいかも」


だから僕は愛車をせっせとワックス掛けして今日のデートに挑んだのだ。


なんで妹なの?


同じ一族じゃ、ダメなんだよ。


カワイイって、・・・どこらへんが?


待ち合わせ場所に到着し、状況を悟った僕は自分自身を呪い、心の中で何度も自分の胸をナイフで刺したのだった。


不覚過ぎて死にたい。


僕: 「そろそろ帰ろうか。」


ダダ: 「え~、まだ着いたばっかりやん。10分しかたってないよ」


人によって時間の概念は様々だと思うのだが、ここでダダ姉妹と過ごす10分より、マンガ喫茶ですごす2時間のほうがよっぽど有意義のような気がした。


それに、妹を連れてくるダダ星人の思惑がとても不気味だった。


パワードダダ: 「●さん、もうちょっといたらいいじゃないですか。それともワタシはお邪魔ですか?ウフフ」


僕: 「・・・。いや、別に」


笑うと歯グキが見えるところは同じだ。


そして。ダダが妹を見た。


目で何かを訴えた。


パワードダダ: 「ところで●さん、ひとつ聞いてもいいですか?」


僕: 「ん?」


パワードダダ: 「お姉ちゃんのこと、ほんとはどう思ってるんですか?遊びなんですか?」


ダダ: 「ヤダ、何言い出すのよ、もうこのコったら」


といいつつ、ダダは目をカッと見開き、僕を見ていた。


尿モレしそうだよ、母さん


僕: 「あ、いや、えっと・・・。とてもいいお友達だと思ってるよ」


僕の死角でダダが妹の手をつねったようだった。


パワードダダ: 「ッ! ・・・えっと、それだけなんですか?付き合ってるんですよね?」


僕: 「・・・。」


昔から、第三者を通じて本音を聞きだす、というのはよくある策だ。


しかしその場合の多くは本人不在だ。


いくら第三者の質問だとしても、本人がいたら言えないこともある。


・・・ダダ星人は違った。


妹を使って、僕に何かを言わせようとしていた。


自分の前で。


これは脅迫に違いない。


僕: 「いや、別に・・・」


パワードダダ: 「でもお姉ちゃんのこと、好きなんですよね?」


僕: 「いや、別に・・・」


パワードダダ: 「じゃあ、ここでキスとかしたらどうです?ウフフ♪」


ダダ: 「いや、もうこのコったら、何言い出すのよ、もう、ウフフ♪」


二人そろって歯グキをむき出しにして笑っていた。


目はマジだった。


少し、尿モレしちゃったよ、父さん


ダダの手が僕の手に迫ってきた。


夕暮れが、あたりを蓋い始める頃、耳には聞こえない悲鳴が轟いた。


それは、僕の心の悲鳴だった。

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