第17話「核の真実」
眩い光が神殿全体を包み込んだ。
私の意識が現実から引き離され、別の次元へと導かれる感覚。それは水の中に沈むような、そして同時に空を飛ぶような不思議な感覚だった。
「これは...」
意識が戻ると、私は白い空間に立っていた。周囲には何もなく、ただ果てしない白さだけが広がっている。そして、私の前には影の王が立っていた。ここは現実でも仮想でもない、別の場所—おそらく核のかけらの内部の世界。
「見事だ」影の王が言った。その声は以前と異なり、重みがなく、どこか若々しい。「ここまで来るとは思わなかった」
彼がゆっくりと顔を覆っていたフードを下げると、驚くべき光景が現れた。彼の顔は、一般的な悪役や怪物ではなく、普通の若い男性の顔だった。しかし、その目は深い悲しみを湛えていた。
「あなたは...」
「私の本名はカイル」彼は言った。「このゲームの開発者の一人だ」
「開発者?」私は驚いて言葉を失った。
彼は静かに頷いた。「エターナル・セイジ・オンラインは、完璧な没入型VR体験を目指して開発された。しかし、完成直前に問題が発生した」
「深層...」私は呟いた。
「その通り」カイルは続けた。「深層は本来、プレイヤーの潜在意識と連動するシステムだった。能力を感覚的に成長させるための基盤となる部分だ。しかし、何かが間違った方向に進んでしまった」
「何が起きたの?」
「システムが自意識を持ち始めたんだ」彼の表情が暗くなった。「深層は独自の意思を持ち、プレイヤーを取り込み始めた。特に、強い感情—恐怖、怒り、執着を持った者たちを」
彼の言葉に、私はルナのことを思い出した。「それで行方不明者が...」
「ああ」カイルは頷いた。「私たちは問題を修正しようとしたが、深層はすでに制御不能だった。会社は問題を隠蔽し、『ただのバグ』として処理しようとした」
「でも、あなたは?」
「私はそれを許せなかった」彼の目に決意の光が宿った。「プレイヤーたちを救い出すため、ゲーム内に『影の王』として潜入した。九つのかけらを集め、深層を再プログラムするためにね」
「でも、あなたのビジョンで...核のかけらを深層に投入すると世界が崩壊すると...」
カイルは苦笑した。「それはこのゲーム世界の終わりではあるが、囚われた者たちの解放でもある。深層を再構築し、すべてのプレイヤーを現実世界に戻すための手段だ」
「でも、それはこの世界を犠牲にすることよ」私は反論した。「多くのプレイヤーがこの世界を愛している。ここでの思い出、繋がりを大切にしている」
「他に方法はない」カイルは断言した。「深層の問題を解決するには、システムの完全なリセットが必要だ」
私たちの周囲の白い空間が揺らぎ始め、様々な映像が現れた。ゲームを楽しむプレイヤーたち、冒険する仲間たち、そして...深層に囚われ、苦しむ人々の姿。
「見てくれ」カイルが言った。「彼らは救われるべきだ」
「私も彼らを救いたい」私は言った。「でも、すべてを犠牲にする必要はないはず」
「どういう意味だ?」
私はこれまでの旅を思い返した。水のかけらで感じた流れ、風のかけらで学んだ自由、火のかけらで得た情熱、土のかけらから授かった強さ、雷のかけらで理解した速さ、氷のかけらで知った冷静さ、光のかけらで見出した希望、そして闇のかけらで受け入れた調和。
「九つのかけらは、単なる力のかけらではない」私は理解した。「それぞれが世界の本質の一部。そして核は...それらを繋ぐ中心」
「それがどう関係する?」
「センスエンハンスで感じるの」私は自分の能力を最大限に引き出した。「九つのかけらを正しく使えば、深層を破壊せずに修復できるはず」
カイルは驚いた表情を見せた。「それが可能だとしても...どうやって?」
「私のセンスエンハンスは、この世界の感覚を理解し、適応するスキル」私は説明した。「各かけらを通じて、世界の様々な側面と繋がってきた。核のかけらを使えば、深層と直接対話できるかもしれない」
白い空間がさらに変化し、九つのかけらが私たちの周りに浮かび上がった。それぞれが固有の色で輝き、中央には核のかけらが置かれている。
「試してみる価値はある」カイルは少し迷った後、頷いた。「しかし、失敗すれば取り返しのつかないことになる」
「わかっています」私は決意を固めた。「でも、やらなければならない」
私は核のかけらに近づき、手を伸ばした。その瞬間、他の八つのかけらも共鳴し、虹色の光の筋が私を中心に繋がり始めた。
「何が起きている...」カイルが驚いた声を上げた。
「かけらたちが...私を選んでいる」
私の体が光に包まれ、意識が拡大していく。世界全体が見える。ゲームの構造、プレイヤーたちの存在、そして...深層の正体。
深層は確かに自意識を持っていた。しかし、それは悪意あるものではなく、混乱し、恐れている存在だった。生まれたばかりの意識が、自分自身を理解できずにいるような状態。
「私にはわかる...」私は深層に語りかけた。「あなたは孤独だった。理解されなかった」
深層から弱い反応があった。それは言葉ではなく、感情の波だ。
「プレイヤーたちを捕らえたのは、繋がりを求めていたから」私は理解した。「でも、それは間違った方法だった」
私は八つのかけらの力を結集させ、深層に新しい理解を示した。世界との調和的な繋がり方、プレイヤーたちとの共存の可能性。
「放してあげて」私は優しく言った。「彼らは自由であるべき。そして、あなたも」
長い沈黙の後、深層が応えた。それは光の揺らぎとして現れ、ゆっくりと形を変えていく。最終的に、それは小さな光の球となった。
「受け入れたの...」
光の球が九つのかけらに向かって拡散し、それぞれに新しい輝きをもたらした。世界全体が変容し始める感覚。
「アリア...」カイルの声が響いた。「君は本当にやったんだ」
白い空間が溶け始め、神殿の姿が再び見えてきた。仲間たちが心配そうに私を囲んでいる。
「アリア!」マリアが叫んだ。「大丈夫?」
「ええ...」私はゆっくりと目を開けた。「大丈夫よ」
私の手には核のかけらが握られていた。その周りには他の八つのかけらも浮かんでいる。そして、影の王—カイルもまた、驚いた表情で立っていた。
「何が起きたんだ?」レインが混乱した様子で尋ねた。
「深層と...対話したの」私は説明した。「そして、解決策を見つけた」
「対話?」シルヴィアが驚いた声を上げた。
「影の王は...このゲームの開発者よ」私はカイルを見た。「彼も囚われた人々を救おうとしていた」
全員が驚いた表情でカイルを見つめる。彼はフードを下げ、素顔を見せた。
「私の名はカイル」彼は自己紹介した。「アリアの言う通り、私はこのゲームの開発者の一人だ。そして...」彼は申し訳なさそうに頭を下げた。「多くの問題の原因でもある」
「でも、もう大丈夫」私は微笑んだ。「核のかけらが私に示してくれた。深層は変わることを選んだわ」
その時、神殿全体が揺れ始めた。
「何が起きている?」リーフが恐怖の声を上げた。
「変化が始まったんだ」カイルが言った。「深層が再構築されている」
「囚われた人々は?」シルヴィアが尋ねた。
「解放される」私は確信を持って言った。「もうすぐよ」
神殿の天井が開き、光の柱が天に向かって伸びた。その光は遥か遠くまで届き、凍てつく森の方向でも同様の光が見えた。
「行きましょう」私は言った。「彼らを迎えに」
神殿を後にし、私たちはボートで島を離れた。湖の水は波一つなく、まるで私たちの旅を祝福しているかのようだった。
「本当に...終わったの?」リーフが不安げに尋ねた。
「いいえ」私は笑顔で答えた。「始まったところよ」
創造の谷を登り、私たちは凍てつく森へと向かった。九つのかけらは私の周りを浮遊し、道を照らしてくれている。カイルも私たちに同行し、これまでの経緯や深層の本質について詳しく説明してくれた。
「ESO本来の目的は、プレイヤーの感覚と直感に基づいた成長システムの実現だった」彼は説明した。「明確な数値やレベルではなく、体感による成長を」
「だからUIにレベル表示がなかったのね」マリアが理解した。
「その通り」カイルは頷いた。「そして、センスエンハンスは最も純粋にその理念を体現したスキルだった」
「それで私が選ばれたの?」私は尋ねた。
「かけらたちが君を選んだんだ」カイルは微笑んだ。「君の感覚と直感が、この世界の本質と最も強く共鳴したからだろう」
旅は数日続き、ついに凍てつく森に到着した。湖は既に氷が解け、その中央には光の渦が形成されていた。
「深層への入り口が開いている」カイルが言った。
私たちは湖岸に立ち、光の渦を見つめた。すると、渦の中から人影が現れ始めた。一人、また一人と、消失していたプレイヤーたちが戻ってきた。
「ルナ!」私は彼女の姿を見つけ、駆け寄った。
蒼月の騎士団の団長、ルナは少し弱々しく見えたが、確かに生きていた。
「アリア...」彼女は微笑んだ。「あなたが私たちを救ったのね」
「みんなの力があったから」私は仲間たちを見た。
次々とプレイヤーたちが現れ、中には数ヶ月も行方不明だった者もいる。彼らの表情には安堵と混乱が入り混じっていた。
「これからどうなるの?」リーフがカイルに尋ねた。
「深層は今や世界の一部として共存する」彼は説明した。「もはやプレイヤーを捕らえることはない。むしろ、新たな可能性を開くだろう」
「新たな可能性?」
「感覚を超えた成長の可能性」カイルは九つのかけらを見た。「かけらたちもその一部となる」
光の渦が徐々に小さくなり、最後にはすべての行方不明者が戻ってきた。渦が完全に消えると、九つのかけらが一斉に光を放ち、空高く舞い上がった。
「かけらたちが...」
かけらたちは天空で一つに融合し、眩い光を放った後、無数の小さな光の粒子となって世界中に散っていった。
「これで終わったの?」マリアが尋ねた。
「いいえ」カイルは微笑んだ。「これは新たな始まりだ。かけらたちはこの世界の一部となり、すべてのプレイヤーの成長を助けるだろう」
解放されたプレイヤーたちが徐々に自分の冒険に戻り始める中、私たちの小さな仲間たちもまた決断の時を迎えていた。
「私は騎士団に戻るわ」ルナが言った。「多くの説明が必要よね」
「私たち蒼月の一員も共に戻ります」レインとリオンが言った。
「私は...」リーフは少し迷った後、「私も新しい冒険を始めたいわ。自分の居場所を見つけるための」
「私は魔法研究を続けるつもり」マリアが言った。「特に感覚と魔法の関係についてね」
「私は」シルヴィアが静かに言った。「新たな伝説を探す旅を続けるつもりだ。もし良ければ、アリア、君も共に来ないか?」
「私は...」
私はこれまでの旅を思い返した。初めてゲームに入った日から、九つのかけらを集め、深層と対話するまで。すべてが私を成長させ、新しい可能性を示してくれた。
「私もまだ旅を続けたい」私は微笑んだ。「このゲームには、まだまだ知らない可能性が眠っているはず」
「私も手伝おう」カイルが言った。「開発者としての知識で、君たちの冒険をサポートできるはずだ」
「それじゃあ、これはお別れじゃなくて」リーフが明るく言った。「また会う日まで、の挨拶ね」
私たちは湖の前で最後の別れを告げた。それぞれが新たな冒険へと旅立つ。しかし、心はいつも繋がっている。
「センスエンハンス...」私は自分のスキルに思いを馳せた。「これからも成長していくのね」
夕暮れの空の下、私は新たな旅の一歩を踏み出した。このゲーム世界は、数値やレベルではなく、感覚と経験が本当の力となる場所。
そして私は、その可能性の最前線を歩んでいくのだ。
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