エウレカ!5
少年達は震撼していた。
魔術――その光景は、まさしく魔術としか呼べないものだった。
精緻な紋様がありえない速度で紡ぎ上げられていく。
ついに憤懣と忍従の雲は革新の風に吹き払われた。雲の消えた悠久の天壌からは、明るい日差しが降り注ぎ、すべてを照らしている。
苦難の歴史は終わり、今、輝かしい明日への道が示される。
少年のひとりは、まるで王から宝物を拝領するがごとき慎重さで、そっとその魔法陣を掲げた。
黒い神秘の魔法陣。
1辺20センチほどの薄いそれは、乱暴に扱えば、いとも簡単に消え失せてしまいそうな繊細な存在だった。
「これが……時代、なのか」
漏れた言葉には、驚きとそれを凌駕する歓喜が宿っていた。
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それはとある場所での出来事だった。
若き錬金術師達が集い、腕を競い、研鑽を積む。
錬金術そのものがまだ黎明といっていい時代の、更にその最先端を進む俊英たちが集う知識と欲望の魔窟。
まあ、その俊英達がちょっとアレな男ばっかで、魔窟はコ汚く、更にいささか風変わりスメルに満たされているのはいつの時代も宿命といっていいのだろうか。
さて、その錬金術師たちであるが、現状は数人のグループに別れていがみ合っている。
原因はとても単純で、錬金台の争奪戦だった。グループごとにテーマを決めて実験するのだが、錬金台は一度使ってしまうと再度使用するために30分ほど時間がかかるのだ。その間、全く何もできない。
錬金台をリセットする呪文をただ、聞き続ける。甲高く、妙に耳障りで雑音とも感じられるその呪文に毎回さらされる苦行。
俊英たちが誰ともなく呟く。
「なあ、もう一台買わない?」
人よ、錬金台買おうよと言うなかれ。ぶっちゃけ錬金台は高い。そりゃもう高いのだ。金貨1枚の金含有量が3グラムとすると実に金貨40枚相当。若き錬金術師達がホイと用立てられる金額ではない。ただでさえ、錬金術の素材にはお金がかかるのに。
それにつけても金の欲しさよ。
そんな、悲しき獣達の相克の中、一人の丸い少年が芝居がかった声を上げた。
「ムホッ、皆の衆。いがみ合うだけでは何の解決にならんでござる。これを照覧あれ!」
黒い眼鏡と丸い腹、世が世なら"ヲタ"の称号を恣にするであろう、誇りあるフォルム。彼が叩きつけたのは一冊の魔導書だった。――もうちょっと本、大事にしようよ?
プニプニの指がもにゅもにゅとページをめくっていく。そしてあるページでそのプニは活動を終えた。
いかにもやり遂げたと言わんばかりの、青い猫型ロボットが逃げ出すレベルドヤ顔で、やっぱり丸い小鼻がヒクついている。うっとおしさ、極まれり。
なんか、全体として似たような雰囲気を漂わす俊英たちは"此奴ぅ!"という文字を背負いながらページを覗き込んだ。
そこには、確かに問題を解決できそうな手立てが鮮やかに記述されていた。
「ヲタ氏、卿の主張は理解した。だが、これは前例のない……賭けであるな」
対立していたグループのリーダーであるヒョロリとした銀縁眼鏡が、これまたもったいぶっている。
メガネが本体で、体は操り人形といいたくなるそんな銀縁。
この空間、何故かメガネ率が異様に高い。
「ムウ、メガネが本体殿。賭けは承知の上でござるが、挑戦なくして我らの未来はないでござるっ!」
「誰が本体メガネかっ!?」
いらんところで熱量が高い。それこそ目玉焼きが作れそう。
そして、メガネが本体じゃなかったことに驚く俊英たち。
その後も、あれこれねちっこい質疑応答が続いたが、結局一つの結論に至った。
――賭けてみるか。お金、あんまりないし……。
悲しいけどこれ、現実なのよね。
そして、錬金術師たちはなけなしのお金をはたいて、かの魔法陣の購入に踏み切った。
待ち望んだ魔法陣が届く。
雁首揃え、かたずを飲んで見つめる錬金術師達。
そして頷きあう。
今こそ、決戦の刻!
挑めよ某!某よ挑め!この魂を炎に変えて、新たな道を照らすのだ!
いざ、起動!
「エウレカ!いまボクはモーレツに感動しているんだな!これが技術の夜明けなんだな!」
ヲタ氏、絶好調。
「これが未来を変える漆黒の魔導円盤――その名を讃えよ、フロッピー・ディスク!」
メガネが本体殿もノリノリ。
そこには、忍従を強いた暴君カセットテープに代わって、光速でデータをロードする巨大な家具調ドライブが鎮座ましましていた。
"8インチフロッピーディスク”
それはパソコンの黎明の時代にわずかな期間だけ存在した儚き先駆者。
カセットテープのロード時間を嘲笑う閃光の革命家。
部室に集う錬金術師達の目には、時代を駆け抜けた幻のメディアが確かに映っていた。
END
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8インチフロッピーディスク。前回から8インチ繋がりです。
当時NEC社製のパソコンPC-8001にデータをロードする手段はカセットテープでした。なに、カセットテープを知らない?ジェネレーションギャップ!
ロードに要する時間は実に30分。それを数十秒に縮めたフロッピードライブはまさしく技術革新でした。
FDDからHDDに進化した際には、不思議とこれほどのディープインパクトは与えてくれませんでした。。
そのフロッピーの弱点といえば、高い、大きい。一辺20cmのペラペラを1枚4000円出して、今はなき第一家電で買ってくるわけです。
なお、すぐに5.25インチのFDDにとって変わられてしまいました。木目の家具調が素敵ドライブだったのに……。
ちなみに、5.25インチPC9801用FDドライブ、新品の在庫有〼。加賀電子製。
さらにちなみにですが、当時は金1gが千円ほど。隔世の感。本はI/Oでした。
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