第29話 拝啓貴族様、一発ぶん殴ってもいいですか?

 私、魔法使いメオ! こっちはフィアネさん依頼の大人のおもちゃ! その名もボッキング!

 フィアネさん専用だったはずなのに、どこからか情報が漏れたみたいで注文沢山!

 旦那や彼氏を連れて来ては「ボッキング、作って下さい」って笑顔で言われる毎日!

 それだけじゃないの! 「彼女のマンタクも、お願いします」って言ってくるWパターンまで発生!

 この世の中、変態だらけかよ! 頭おかしいんじゃないのこいつ等!

 もうやめて! 私の魔力はゼロよ! もう新規受注は受け付けていません!


『メオちゃん』

「なんですか!」

『アロウセッツ侯爵が来ているみたいですよ』

「え゛!」


 うそ、もうそんな時期? 確かに最近暑くて半袖短パンだけど、季節変わってたの?

 夏季中月ってことは、あれからもう四か月経過したってことか。

 毎日毎日、誰かの下半身作ってたから、なんかもう日時感覚がないよ。


「片づけてから行きますので、一階のレストランの客席にお通しして下さい!」

『わかった……それにしても、倉庫が足りないからって三階建てにしたのに』

 

 うっ、ディアさんの目が白い。

 しょうがないじゃん、マンタクちゃんとボッキングの発注が止まらないんだからさ。

 おかげ様で、来年の今ぐらいまではずーっと誰かの下半身見てなきゃだよ

 右を見ても左を見ても誰かの性器だよ、何なのこれ? 私十五歳の乙女だけど?


『後で一緒に片づけましょうね』

「……はーい」


 泥まみれのエプロンをパッパと叩いて、しょうがない下りますかって階段まで行くと。


「久しぶりだな、魔女の娘よ」


 モノクルを掛けた白髪の背の小さいおじいちゃんが、既に三階まで上がってきておりましたとさ。


「セメクロポ領主補佐官」

「ぬ? 貴殿に名乗った記憶はないのだが」

「ああ、えっと……誰かから教わりました」


 誰だっけ? もう忘れちゃったな。

 思い出せないってしていると、領主補佐官のおじいちゃんはつかつかと室内へと入ってきてしまった。

 止めようかと手を伸ばしたけど、相手は貴族様だ。

 触ったら死刑! とか言われたら嫌なので、伸ばした手を引っ込める。


「ふむ、これが噂の……かっかっか、なんとも卑猥よのぉ」


 何個か手にして笑っているけど、一応商品なんだけどなぁ。

 それは誰かのアソコであり、絶対に人目に晒されないものなのだけれども。

 特権階級か、貴族様相手に口出しは止めておこう。

 でも、それとは別に、私は侯爵様に進言したいことがあったりもする。 


「あの、セメクロポ領主補佐官」

「うぬ?」

「借金の支払いなのですが」

「まぁそう急くな、しかし見事なイチモツ、これの提案も魔女の子なのか?」


 げっ、おじいちゃん、男の方を持ってるじゃん。

 なに、そっちの人なの? 性癖は自由だけどさ、ちょっと驚きかも。


「いろいろとありましたけど、一応、そういう事になりますね」

「なるほど、それで、利権は魔女の子に集中している訳か」


 まぁ、他に作れる人もいないみたいだしね。

 土属性の魔法使いさんがいたとしても、フィアネさん作成の混合物までたどり着けるかどうか。

 

「性欲を制すもの、世界を制すか……時に魔女の子よ、借金の支払いについてなのだが」


 あ、話を戻していい感じ? なら、言いたいことを先手で言わないと。


「それについて、私からもお願いがございます」

「ふむ? なんだ、申してみよ」

「はい、えっと……商品の売れ行きが想像以上に好調でして、それに加えて一階、二階部分のレストランも人気があり、売り上げが好調です。更にはアンドレ親方主導による石材の販売ルートも順調に復活しておりまして、つまり何が言いたいかといいますと」


 商品だらけの三階倉庫の奥、一番頑丈に仕上げた金庫の扉を、ゆっくりと開いていく。


「おお……これは」


 うず高く積まれた金貨の山、それと整列された金の延べ棒。

 金色に輝くそれらは、私がこれまで全力で稼いだ成果だ。


「はい、既に、金貨十二万枚を稼ぎました。枚数が多いので、何枚かの金貨は延べ棒に加工してありますが、間違いなく十二万枚分あります。そこでお話というのが、借金の前払いをお願いしたいということです。欲を言えば夏季と冬季の十年分、十万枚だけでも支払っておけば、今後何かあっても安心して生活できるなって、従業員共々思っておりまして」


 夏季と冬季の五千枚を十年分、つまりは金貨十万枚を支払っておけば、あとは何があっても何とかなるっていうディアさんの計算だ。フィアネさんのレストランは売れ行き好調だし、ディアさんだって浮かぶウェイトレスとして有名人になりつつあるけど、それだとしても金貨五千枚の支払いはちょっと怖い。


 また急に取引停止とかなったら、今度こそ破産してしまうかもしれないし。

 人生何があるか分からない、ならば、ある時に支払ってしまおうと考えたのだけど。


「ふむ、却下だな」


 秒で断られた。


「儂の魔道具、スケアリーブックは融通が利かんのだ。支払い方法を変更したいのであれば、一度全額支払う必要がある。だがもし全額支払いたいと言われたとしても、侯爵様が許可なさらぬだろうな」

「許可、頂けないのですか?」

「借金であれなんであれ、主との繋がりを、侯爵様は残したいと申しておる」


 え、あの無口な侯爵様、そんなことを言っていたの? 大迷惑なんだけど。


「それに、借金の支払いを終えて、魔女の子が故郷であるウエストレストへと帰られてしまっては、こちらとしても困るのだよ。魔女の子が発明したマンタクちゃん、及びボッキングは、既に全世界からの発注を受けている状態にあるのだからな」

「え? 全世界からの発注?」


 なにそれ、初耳なんだけど。


「今日、儂が足を運んだのは、その発注書を手渡す為でもある。よく目を通しておくがいい」


 言いながら、おおよそ発注書らしくない分厚い書類を手渡してきたけど。


 ボガル共和国、マンタクちゃん三千個、ボッキング二千個。

 サクシュアル公国、マンタクちゃん五千個、ボッキング千個。

 ソレルイリウ帝国、マンタクちゃん三万個、ボッキング一万個。

 他にも、同じような内容が百枚以上ある。


「え、ちょっと待って下さい。まさかこれ、受けたのですか?」

「当然だろう? 一体幾らの利益になると思っているのだ。ああ、ちなみに、これに関しては仲介手数料を余分に請求しておる。無論、差額は侯爵様が受け取る形だ。さぁ、魔女の子よ、商品の大量生産、宜しく頼んだぞ」


 言いながら、背を向けて歩き始めちゃったけど。

 え? え? え? 嘘でしょ? これ、私の魔力だけじゃどうあがいても足らないよ?

 干からびちゃうって、ちょっと待って、え? こんなの作ってたら、私、死んじゃうけど。


「くっくっくっ」


 あ、おじいちゃん、足を止めて笑ってる。


「……あの」

「無理なのだろう? 分かっておるよ。誰もそんな数を一人で作らせようとは考えておらん」


 あ、そうなんだ。

 なんだよもう、性格悪いなぁ。


「とはいえ、魔法とは既に廃れた能力でもある。国中探し回っても一人も見つからなかったのだ。ならば、魔法が必要な部分以外に関しては、人の手で作るしかあるまい。メオよ、貴殿に侯爵様より、土地の譲渡命令を預かってきた。場所はボンバクウ工業都市、主はそこの工業都市に出向き、マンタクちゃん、及びボッキング制作に関する技術を伝授してくるのだ」


 ボンバクウ……工業都市?

 え? 私、そこに行かないといけないの? 

 ちょっと待って、回楽店だけでも精一杯なのに!?


「既に主の役職も決まっておる! ボンバクウ工場長、メオ・ウルム・ノンリア・エメネ! 我が国へと、膨大な利益をもたらすことを期待しておる! では、頑張るのだぞ!」

 

 がっはっはっは! って、笑ってるけど! 笑ってるけどぉ! 


「私、工場長!? ちょっと待って下さい、既にロウギット石切り場の職場長でもあるのですが!? それだけじゃないよ、回楽店の店長でもあるし、レストランのオーナーでもあるんだけど!? それに加えてさらに工場長って、一人でどれだけやれば気が済むんですか! ちょっと、おじいちゃん!? ねぇ、聞いてる!?」


 無理だって! 一人で何個掛け持てばいいのよ! もー!!

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