第30話 二人で次の街へ!

『え、それでこの町を離れることになったのですか?』

「領主補佐官の言葉は侯爵様の言葉でもあるから、行かない訳にはいかないよ」


 本音を言うと行きたくない。

 調べたら馬車で一か月以上かかるみたいだし、その間の生産は止まっちゃう訳だし。

 これで技術提供とかいうのを失敗しちゃったら、目も当てられないよ。

 というか、出来るのかな? 火山岩って本来脆いのを無理に固めているのに。

 そもそもこの国に火山なんてあるの? まずはそこからなんだけど。


 ああ、頭痛い。 

 悩み事があり過ぎる。


『せめて、私がついていければ良かったのですけど』

「……霊体化、治らないですものね」


 お店も繁盛した、レストランも満席になった。

 だけどディアさんは霊体のまま、治る気配すらしない。

 

『浮遊霊なら、良かったのですけどね』

「そうだね、ディアさんが来てくれたら、本当に心強いんだけどな」


 結局、動けるのは私一人だ。

 フィアネさんはレストランの運営に必要だし、ディアさんは地縛霊だし。

 ラギハッドさんも、ビットも、アンドレ親方も、誰も一緒には来れない。

 

 隣に立ってくれるって、言ってたのにな。

 また、私は一人になっちゃうんだ。


 思えば、ウエストレストの森にいた時だって、ずっと一人だった。

 子供の頃から、私の側にはいつだって誰もいない。

 

『メオちゃん』

「ディアさん」


 沢山の人と出会って、毎日いろんな事件があって、すっごいすっごい大変だったけど。

 でも、そのどれもが、かけがえのない大切な日々で、出会った人みんなが大好きで。

 

「私、離れたくない」

『うん』

「行きたくない、一人は嫌だよ」

『うん……そうだね』

「ディアさん……ひっく、いやだ、この町のみんなが好きなのに、一人じゃ嫌だよ……」


 お婆ちゃんのミスで見知らぬ場所に転移して、泣いたことも沢山あったけど。

 今回のは、なんか……とっても寂しくて、心の奥の奥まで突き刺さるぐらい悲しくて。

 

「うえぇぇ……うええええぇぇぇぇん……」


 ディアさんの大きな胸に包まれて、私は、本気で泣いてしまったんだ。

 しがみつき、ぎゅっと抱きしめて、ただただ泣いて。

 

『……ん?』


 泣いて泣いて泣きまくった結果、ディアさんの身体が急に輝き始めたんだ。


「ディア……さん?」

『なに、急に、体が……きゃっ!』


 それまでふよふよと浮いていたディアさんの身体が、急にドスンと落ちてきた。

 全身を包み込んでいた淡い光も消えているし、薄くなっていた体も元の色に戻っている。


「……あれ、戻った?」

「戻って……ますね」


 ぷにぷにとほっぺに触る。

 温かい、体温がある。

 

「え、戻った? なんで急に?」

「分からない、分からないですけど」


 私はもう一度、倒れこんだままのディアさんに抱き着いたんだ。

 良い匂いがする。ディアさんの匂いって、こんなに良い匂いだったんだ。

 お日様みたいだし、綺麗な花が沢山飾られているみたいな、とってもいい匂い。


「元に戻って、良かったぁ……」

「まぁ、そうね。きっと、神様がメオちゃんと一緒に行けって、言っているのかもしれないわね」


 ディアさんの青い瞳に吸い込まれそうになる。

 私の頭を撫でてくれる手を、ぎゅっと握りしめた。


「一緒に、行ってくれるんですか?」

「当然じゃない、私が一緒に行かないで、誰が行くのよ?」


 え、え、え、やだ、嬉しい。

 ディアさんと一緒なら、全然寂しくない。


「この町にはラギハッド支部長もいるし、フィアネさんもいるのよ? 私一人ぐらい付いて行っても、何も問題ないから。さてと、それじゃあ方々連絡を入れるとしましょうかね」

「ディアさん!」

「なに? え、ちょ!」


 嬉しくて、嬉しすぎて! もうね、大好きって感じなの!

 飛びついて抱きしめて、ぎゅーってしてすりすりして、もう大好き大好きって感じ!

 ってことをしていたら、白猫ドーナツさんが黒目をぐわっと広げながらやってきた。


『むむ!? ディア嬢、元に戻ったのですかい!?』

「あ、ドーナツさん! ダメだからね! 今のディアさんは私専用なの!」

『何を言いやす! アッシの飼い主はディア嬢でさぁ! その巨乳は、アッシのもんでやんすー!』

「あ、こら! 飛びついちゃダメー!」


 どたばたしちゃって、下のフィアネさんに怒られちゃったけど。

 でも、嬉しかったのだから、しょうがないよね。

 だって、隣に立ってくれる人がいるって、本当に嬉しいことだから。


 それから三日後。


「さて、それじゃあ行きますか。工場長殿」

「やだなディアさん、これまで通りメオって呼んで下さいよ」

「ダメですよ、それじゃあ下に示しが尽きませんから」


 相変わらずお堅い人、でも、そんなディアさんだからこそ、一番に信用出来る。


「メオちゃん、ディアさん、回楽店は私がしっかりと守りますから、技術提供、頑張って下さいね」

「ありがとうございます……すいませんフィアネさん、急にこんな事になっちゃって」

「いいのよ、私も二人の役に立てて光栄だわ」


 フィアネさんが店を守ってくれるって、本当にありがたいことだと思う。

 微塵も心配しなくていいものね。これがビットだったら、ちょっと任せられなかったかも。


「メオ、そろそろ馬車が出るよ」

「わわっ、じゃあフィアネさん、行ってきますね!」

「うん、いってらっしゃい」


 こうして、私はまた別の場所へと、旅立つこととなってしまった。

 故郷のウエストレストの森にいつ戻れるのか分からないけど。

 思い出のあの人には、やっぱり全然会えないけど。


 でも、それでも、私には大事な人がたくさんいるから。


「あら」

「……どうしました?」

「メオちゃんの顔、大人っぽくなったなって」

「え? そうですか? ちょっとは成長してるってことですかね」


 お母さん、お婆ちゃん。

 私も少しは成長しているみたいですよ?

 いつの日か再会したら、成長した私を見て、驚いちゃうかもしれませんね。


「メオちゃん! 工業都市、見えてきたわよ!」

「え、本当ですか!?」


 相手を見つけて、そのうち帰りますので、その時は笑顔で出迎えてくれたら嬉しいです。

 大好きなお母さん、お婆ちゃんへ。

 わがまま娘のメオより。

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