第24話 ウルトラスーパーぬか喜び。

 翌朝、私はフィアネさんと共に、商工会、ラギハッド支部長の下を訪ねた。

 相も変わらず人の多い事務所の奥に、ゆさゆさと揺れる木の精霊の頭が見える。


 既に顔パス、事務員の人達に会釈をしながら支部長の前へと向かうと、私たちの顔を見るなり、ラギハットさんはにこやかな笑みを浮かべながら、私たちを会議室へと案内した。

 

「婦女子会の会長様もご一緒とは、これは力作が誕生した感じですかな?」

「そうですね、何はともあれ、こちらを試してきて下さい」


 丁寧に梱包した箱を手渡すと、彼は一人静かに、会議室を後にした。

 誰もいなくなった会議室の椅子に座り、フィアネさんと二人、ラギハッドさんの戻りを待つ。


「改めて考えてみると、この待ち時間、生涯で一番無駄な時間に感じるわね」

「フィアネさん、それを言ったらおしまいですよ」


 何が悲しくて男の人の一人エッチが終わる時間を待たなければいけないのか。

 しかも相手はラギハッド支部長だ、ディアさんの言う通り、性癖も性感帯も知りたいとは思わない。

 考えるだけ無駄、何もない虚無の時間をただなんとなく過ごし、大体二十分後。


「いやはや、大変お待たせしました」


 照れ笑いしながら、ラギハッド支部長が会議室に戻ってきた。

 あれ? 渡した試供品がないぞ? それに何か、支部長から変な臭いがする。


「どうやら合格のようですね」


 手の甲で鼻を抑えながら、フィアネさんが言った。

 合格? え、合格なの?


「ええ、合格です。あれは何なのですか? 柔らかいしそれでいて硬い、しかも人肌のような温度を保持している。最高の一品と言える代物でしたが、安全性確認の為に、是非とも詳細を教えて頂きたいのですが」


 ふむ、どうやらラギハッド支部長、イッたらしいね。

 これは恥ずかしいね、女二人を前にしてイッことをバラされているとは。

 ニヤケ顔になる頬をしっかとこらえて、説明責任を果たさないと。


「筒の中身、それはジャガイモと水の混合液ですよ」

「ジャガイモと水の混合液?」

「はい。ただまぁ、それだけだと本当に液体になってしまいますので、若干の泥を混ぜてありますが」


 力を入れると固くなり、力を抜くと液体になる。

 この仕組みを利用して、筒の中に混合物で充満させたものが、今回の試供品だ。

 

「熱に関しては、今回は火山岩を利用しました」

「火山岩ですか、一体どこから調達したのですか?」

「別に、どこからも調達してませんよ? 私、石や岩ならどんな形状、性質にでも変えることが出来ますので、魔法を使った、というのが一番正しい答えになるのだと思います。で、火山岩を利用したことにより、人の手で触るだけでも熱を吸収し、内部の混合物を加熱してくれるのです。それはもう、人肌で温めたと言っても過言ではないぐらいには、ぽかぽかになると思います」


 結局は男の人の手で触るのだから、自分の体温なんだけどね。

 自分で温め、自分で形を作る、まさに優しさと思いやりの形、という訳だ。

 

「ふむ……なるほど、これはいいですね。局部を隠し、それでいて短時間で使用でき、洗うことにより衛生面の問題も解決できる。これならば何の問題もないと思います。メオさん、合格です」


 やった、合格だ!

 これで十万枚の金貨ゲット!


「では、二次審査を実施いたしますので、同じ物を九個、ご用意お願いしますね」

「二次審査? 九個?」

「はい。以前お伝えしましたよね? 私だけではなく、他の者たちにも確認させると」


 言ったっけ? そういえば、言ったかも。


「二次審査は試供品が揃い次第、開始とさせて頂きます。試すだけですからね、用意さえしていただければ、即日返答が可能だと思いますよ。それに一秒でも早く解決しないと、最近妙な噂を耳にしましてね。北の方に、荒くれ者が集結しているとか何とか」


「それって、間違いなく全裸接客目当ての人たちですよね?」


 たまらず、フィアネさんが口をはさんできた。

 

「なんとも言えませんが、可能性は高いです」

「その人たちが来ている間だけでも、サービスの停止は出来ないものなのでしょうか?」

「……奥さん、そんなことをしたら暴動が起きますよ?」


 テーブルの上で手を組むと、覗き見るようにラギハッド支部長は目を細める。


「商売なんですから、相手を選んではいけません。貴方には売れません、なんて言われたら、奥さんだって嫌でしょう? 町の活性化を第一に考え、さらには街の安全も第一に考える。まだ噂にしか過ぎないのですから、我々はそれに備えて、一秒でも早く動くのみですよ」


 ラギハッド支部長の言葉に、フィアネさんは何も言い返すことが出来ず。

 意外と正論並べるんだよね、支部長相手に論破とか無理そ。


「そうそう、試供品一点につき金貨一枚でしたね。メオさん、どうぞ受け取って下さい」

「わ、ありがとうございます」

「いえいえ、では試供品を九個、お待ちしておりますね」


 万人に好かれそうな笑顔のくせに、意外と根っこは強い人なんだな。

 まさに木の精霊って感じ、なるべくして支部長になったって感じなのかな。


『町の活性化の為ですか、それは確かに一番大事です』


 店に戻りディアさんに顛末を説明すると、彼女は大きな胸を抱え込むように腕を組み、うんうんと頷いた。ちなみにフィアネさんは一回家に帰るといい、この場にはいない。おそらくラミーちゃんを見に行ったのであろう。主婦に暇なし、私も見習わないとだ。


「町の活性化が一番だけどさ、でもその方法が全裸接客って、ちょっとヤバいと思うけどね」

『メオさん、それを貴方が言ってはいけないと思いますよ?』


 あれ、なんか急に、ディアさんから冷たい言葉が返ってきた。

 雰囲気を察し、椅子に座って背筋を正す。

 

『どうにも気づいていないようなのでお教えしますが。そもそもなぜ、ラギハッド支部長が全裸接客を受け入れたのか。安全面を犠牲にしてでも町の活性化を最優先に考えなくてはならないのは何故か。根幹にあるものは、石材【ラスレーの貴婦人】の喪失に他なりません』


 ラスレーの貴婦人の喪失。

 つまり、私が原因。


『それまで町に入ってきていた商船も来なくなり、石材搬出の馬車や牛車も見かけなくなった。この町は一度、本当に死んでしまっていたのよ。石材【ラスレーの黒正妃】として再稼働しようにも、アンドレ親方の窓口再開の目途も立っていない。そんな状況でも、町は動き、人は生きている。全裸接客は、まさに苦肉の策だったとしか思えないのよ』

「……ごめんなさい」

『別に謝って欲しい訳じゃないの、理解して欲しいだけ』


 誰も私を攻めてくれないから、分からなかったよ。

 フィアネさんが今一人なのも、町がおかしくなっているのも、全部私の責任なんだ。

 私がみんなの頑張りに馬鹿にしてはいけない、ディアさんに言われるまで気づかなかったな。


「じゃあ、ディアさん、ありがとうございます」

『どういたしまして。それじゃあ試供品九個、とっとと作りましょうか』


 ディアさんなんか一番の被害者なのに、こうして私に付き合ってくれているんだ。

 ありがたいよ、ほんと、感謝でいっぱいだ。

 しっかりと、皆の期待に応えないと。


「え、もう出来上がったのですか?」

 

 私が支部長へと試供品九個を納品したのは、その日の午後のことだ。


「ジャガイモとの混合液さえ用意出来れば、あとは魔法ですぐ作れますからね」

「ふむ……確かに、それだけの生産性がないと、一万個の納品は難しいですものね」


 う、そうだった。 

 売るために作らないといけないんだった。

 一万個か、石の魔力を奪わないように、注意して作らないと。


「では、これらを審査員へと配布して参ります。お時間を要するでしょうから、メオさんは回楽店へとお戻りになられて下さい。その際、金貨九枚もお渡しいたしますからね」


 結構な儲け話だと思う。 

 金貨九枚って、ぽんっと出せる金額じゃないと思うのに。


『それだけ、メオちゃんに期待してるってことでしょ』


 私に期待か。

 これまでの人生で頼られることってほとんど無かったから、なんか嬉し。

 落ちこぼれとか言われてたのにね、ふふっ、もっと頑張らないと。


「大変お待たせしました、二次審査の結果を報告いたします」


 それから、ラギハッド支部長が店に来たのは、たっぷりと日が暮れた夕方のこと。

 座りながらも、膝の上に作った拳に力を入れながら、支部長の言葉を待った。


「メオさん」

「はい」

「残念ながら、二次審査は失格となりました」

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