第22話 最大の味方は、最大の敵でした!

「急に旦那を貸してくれって言うから驚いちゃったけど、大人のおもちゃって。商工会も、あの手この手でいろいろと考えているのねぇ」


 お店に来てくれたフィアネさん。

 急ごしらえで用意した椅子に座り、頬に手をあて上品な溜息をついた。


 なんだか、フィアネさんが店内にいるだけで華があっていいなぁ。

 お店全体がぽかぽかと暖かい感じがするし、不思議と良い匂もするし。

 ドーナツさんも嬉しいのか、黒目をおっぱいのように丸くしているよ。


「それにしても、ちょっと前まで行列が出来るお店だったのに、いつの間にか閑散としているのね」


 溜息が出てしまう程に、がらんとした店内。

 たまに来るお客様も、新商品がないかを見定めると、ぷいっと帰ってしまう。


『一度売れたら紛失しない限り、再度買うことはありませんからね』

「絶対に壊れないっていう宣伝文句が、まさか仇になるとは思いませんでした」


 普通に考えたら、課題は新商品開発なのだと思う。

 けれど、石材【ラスレーの黒正妃】を使っている以上、どうしても値段が張る。

 私の魔法を使えばどれだけ大きい物でも作れるけど、それは庶民には手が届かない。

 小型で一般のご家庭にあるもの、そういう点で考えれば、大人のおもちゃは妥当と言えるのかも。


「そもそも、ウチのアンドレが流通経路を復活させていれば、メオちゃんが悩む必要もなかったのよね」

「ラギハットさんから聞きましたけど、難航しているとか?」

「難航しているのかどうかすらも、私には分からないわ。だって、全然家に帰ってきてないんだもの」


 金の髪を人差し指でくるくるさせながら、フィアネさんは唇を尖らせる。

 

「え、親方、家に帰ってないのですか?」

「そうなの。東のコンベン、ジャルベン、ヴェルシン、三つの町との協議は終わったって連絡はあったのだけど、北のサラウマに向かったっきり、連絡が来なくなっちゃったのよね。旦那のことだから、夜盗に襲われた、ってことはないとは思うけど」


 アンドレ親方なら、夜盗を返り討ちにしてそうだものね。

 ムキムキの筋肉と、仕事道具の巨大なハンマーがあれば、大抵の敵は一撃だと思う。

 

『だとすると、東の方は窓口再開の目途が立った、ということなのでしょうか?』

「旦那が離れたということは、そういう意味なのだと思うわよ? 発注は直接アロウセッツ侯爵様のところに行くでしょうから、いずれ注文書がメオちゃんの所に届くと思うわ。だってメオちゃんがいないと、今の石切り場は何も出来ないでしょ?」


 石切り場の石材は盗難防止の為に、全部固めちゃってるからね。

 私が行って魔法を使わないと、削ることすら出来ないと思う。


「じゃあ、もしかしたら、大人のおもちゃなんて開発しないでも大丈夫かもしれませんね。このままアンドレ親方の帰りを待っていれば、いずれ私の借金も帳消しになるかもしれませんし」


 借金を片付けてしまえば、あとはのんびりと新商品を開発するだけで済む。

 あーなんとかなったーって、一人安堵の息をついたのだけど。

 

「それとこれとは話が別よ」


 まさかのフィアネさんが、待ったを掛けた。


「実はね、私、この町の婦女子会の会長を務めていてね」

「婦女子会?」

「もともとは子供会って名前だったんだけどね。最近、町の治安悪化がヒドイのは二人も知ってるでしょ? そこで私たちも何かしなくちゃって、町の女達が集まって、パトロールをしようってことになったのよ。さっきメオちゃんと出会ったのも、パトロールに向かう途中だったのよ?」


「え、そうだったのですか」


「だけど、メオちゃんの話を聞いて、それが結果として町の治安回復につながると思ったから、こっちを優先したの。だからねメオちゃん、大人のおもちゃは是非とも開発して欲しい。その為に出来ることなら、私なんでもするから」


 フィアネさんの言葉を聞き、ウチの白猫がガバっと起き上がった。


『なんでもですって!? アッシがやりやす! 全力でご協力しますでさぁ!』

「あら可愛い、この前の猫ちゃんね?」

『男ドーナツ、たわわな巨乳人妻の為なら、両の猫の手を差し出す覚悟でさぁ!』


 ドーナツさん、フィアネさんのおっぱいに顔を埋めながら何か言ってるけど。

 でもそっか、私はお金目当てだったけど、フィアネさんたちからしたら死活問題なのよね。


『そもそもなのですが、犯人を逮捕してしまえば、治安悪化は回復なのではないのでしょうか?』


 おお、確かにそうだ。

 ディアさん良いこと言う。


「犯人が一人なら、そうなのだけどね」


 フィアネさん、額に手を当てながら、眉を下げ、沈痛な面持ちで語る。

 美人が思い悩む姿って、なんかそれだけで絵になるね。っとと、話に集中しないと。


「全裸接客の噂を聞きつけた男たちが遠くの町からやってきて、それで暴行事件を起こしては町の外に逃げてるみたいなの。一人二人捕まえてたところで意味がない、それこそ、海水を桶で掬って空にしようとしてるようなものよ。犯人を捕まえても恨まれるだけだし、もっと根幹から変えないとダメなの」


『そこで、大人のおもちゃって訳ですか』


「少なくとも、全裸接客の前で男たちは興奮しているのだから、そこで吐き出させてしまえば全ては解決すると思うの。どこかの町だと実際にそういうサービスが普通にあるというじゃない? でも、商工会はそれを絶対にダメだと言うし、全裸接客の子たちも、体は触らせたくないって言うのよね。まったく、あの子たちのせいで町が大変なことになっているのだから、責任持って最後までやらせてあげればいいのに」


 なんか、とんでも発言がフィアネさんから出てきたような。

 

「ということは、フィアネさんはその子たちと何度か話し合いをしている、ということですか?」

「何度か、なんて回数じゃないわ。だって全裸接客なんて、子供にも悪影響でしょ?」


 あ、だからラミーちゃんいないのか。

 確かに悪影響だよね、私だってこの町頭おかしいと思うもん。


「やるにしても、もっとルールを定めるとか、いろいろと決めるべきことがあると思うのよ。だけどサービスだけ先走っちゃって、問題山積みで放置して、それで私たちが被害にあってって……確かに全裸接客で町は潤ったかもしれないけど、失うものだって確かにあるの。町を離れる人も少なくない、早くなんとかしなきゃって頭を悩ませていたところで、メオちゃんに呼び止められたの」


 フィアネさん、私の手を取ると、ぎゅっと強く握った。


「あのね、私、メオちゃんが問題解決に動いてるって知って、本当に嬉しかった。魔法が使えるメオちゃんなら何とかしてくれるって、そう思えるから」


 そこまで言われてしまうと、ちょっと照れてしまうのですが。

 はにかむフィアネさん、素敵です。お母さんって感じがします。


「それでですね、フィアネさん、そもそも呼び止めた理由なのですが」

「どんな大人のおもちゃを作ればいいのか、でしょ?」


 おお、さすがはフィアネさん、話が早い。


『わかりますか』

「わかるわよ、二人とも初々しいもの。私に声を掛けたのも、男の人の悦ばせ方が分からないとか、そういった感じのことでしょ? でも、私も旦那しか知らないから、ちょっと声を掛けようと思うの」

「どなたにですか?」


 それまでの表情から一転、フィアネさんは足を組み、膝の上で手を重ね、口角をいやらしく上げた。


「関係者全員よ。婦女子会と全裸接客のキャストさん、全員に声を掛けるわ」

『ぜ、全員ですか?』

「ええ、全員よ。だって事件の被害者ってほとんどがキャストの子なのですから、加害者であり被害者、無関係とは言わさないわ。それに、そういう事を商売にしているのですから、男の性感帯なら誰よりも熟知していると思うの。婦女子会の方も母親の集いだから、未経験者は一人もいないけど……まぁ、若い時に遊んでた人は何人かいるとは思うから、意見を集めるのには最適だと思うのよね」


 はぁ、関係者全員が集まるのですか。

 え? 関係者全員? 


「あの、フィアネさん」

「なに?」

「その、どこに集まるのでしょうか?」


 だって全裸接客撤廃派と、全裸接客擁護派が集まるって事でしょ?

 そんなの絶対燃え上がるに決まってるじゃん、大変なことになるに決まってるじゃん。

 だから、商工会会議所とか、そういう相応しい場所でやって欲しいって思っていただけど。

 

 これまでで一番の笑みを浮かべたフィアネさんは、私の肩に手を置いて、こう言った。


「もちろん、この店よ」

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