第三章 メオ、第一歩を踏み出す。

第20話 私達、今日から大人のおもちゃ作ります!

 私、魔法使いのメオ! こっちは最近閑古鳥が鳴き始めている店舗の回楽店! 

 開店当初は猫の手を借りたぐらい忙しかったのに、今は嘘みたいにヒマ!

 ちまたで全裸接客とかいう意味不明なサービスがはびこってきたせいで、もう大変! 

 一体誰がこんなサービス思いつかせたのよ! ディアさんは脱がないっていうのに!


「もう、私が脱ぐしかないか!」

『やめておきなさい、あんなの、一過性の流行り病みたいなものでしょ?』


 そうは言いますけどねディアさん。

 一過性の流行り病のせいで、二か月後の支払いが間に合わなかったら終わりなのですが。


『それに、なんだかんだいってスタートダッシュは綺麗に決まったの。たったの二か月で金貨五千枚も売上あるんだからね? そこから材料費や諸々差し引いたとしても、金貨二千枚は残る計算なの。残り二か月、同じだけ稼ぎ続ければいいだけのことよ』


 同じだけ売れればいいのだけれど。

 

「そうは言いますけど、このお店、リピーターほとんどいないじゃないですか」

『問題はそこなのよね、壊れないから一度買ったら終わりなのよ。これには私も気づかなかったわ』

 

 石材【黒の貴婦人】も耐久性が売りだったけど、あれは神殿とか建築とかの材料だったから、特に大きな問題ではなかった。だって建物は次から次に増えていくから。ランポリギーの街だって新しいお家は建てられているし、街の拡張だって日々行われている。


 でも、私達が売りにしているのは日用品だから。

 一度購入されたら二度買う必要はないし、汚れたら洗えばいいだけ。

 そしてこの一か月で、ランポリギーの街の住民、ほぼ全員に行き渡ってしまった。


「それは充分に凄いことでしょう」


 来店した木の精霊さんは、緑色の頭をふさふささせながら、テーブル上にある金貨を数え続ける。


「充分に凄いことかもしれないけど、このままじゃ不渡りだしちゃいますよ」

「それを何とかするのも、貴方達の仕事です」

「なんとかって言われても」


 うぅ、借金徴収に来たラギハッドさんめ。

 その金貨は私達が稼いだ金貨なのにぃ。


「あ、最近流行りの全裸接客、ディアには行わないで下さいね? 彼女は商工会職員なのですから、ここを去った後に響いてしまいますので」

「そんなのやらせるはずないじゃないですか。ディアさん脱がすぐらいなら、私が脱ぎますよ」

「この街では十八歳以下の風俗営業は禁止されておりますので、メオさんもダメです」

「冗談です。やるはずないじゃないですか、あんなの」

「おや? その口ぶり、まるで見てきたみたいですね?」


 金貨を数える手を止めると、ラギハッドさんはニヒルな笑みを浮かべた。


「敵情視察ですよ。どんなものか、実際に見るまで分からないじゃないですか」

「そして、その感想は?」

「……まぁ、男の人が列を作る理由は、なんとなく理解しましたけど」


 女の人が服を脱ぐなんて、私からしたらそんなでもないのだけど。 

 それでも、興味があって目を惹かれてしまったのは確かだ。 

 おっぱい大きかったし、下の方は綺麗に剃られていて驚いたし。


「そうでしょうそうでしょう、人が集まるには理由があるものです」

『え゛、まさか支部長、観に行かれたのですか?』

「ディアさん、私達はあらゆる商品に対して安全を保障しなければならないのです。貴方達も試供品を提出したでしょう? あらゆるサービスを事前に確認するのは、我々の責務です」

『うわぁ……』

 

 その『うわぁ……』には、いろいろな思いが込めてられていそうだ。

 ともあれ、あのサービスは街の商品として定着しつつある。

 しかも誰でも出来るが故に、あらゆる店で全裸接客がはびこってしまっているのだ。


 物を買えば服を脱ぎ、飯を食べれば服を脱ぐ。

 うん、頭おかしいよこの街。

 

「しかし、それと共に、あのサービスには決定的な欠点があるのです」

「決定的な欠点?」

「はい。あのサービスは盛り上げるだけ盛り上げて、吐き出させないままに終わってしまう。まぁ、それが接客嬢を護る大義名分である以上、それ以上を求めるのは間違いなのですが」


 ディアさんが淹れてくれたお茶をすすると、ラギハッドさんは大きくため息を吐いた。


「昨今、ランポリギーの街では、婦女暴行事件が多発しています」

『それは、ここから動けない私の耳にも入ってきました。婦女暴行、絶対に許せません』


 幸い、今のところ私達は襲われてはいないけど、街の雰囲気が悪くなったのは確かだ。

 夜中に悲鳴を聞いたこともあるし、一人での外出は極力避けるようお触れも出ている。


「町の女性陣からは、全裸接客を禁止にしろとの声が上がっているのですが、全裸接客が無くなったら生きていけなくなるとの声を上げているのも、また女性陣なのです。既に全裸接客はこの街から離れられないものになってしまいました。しかし、この治安の悪化を放っておくことは出来ません」

「となると、何か対策でもするのですか?」

『自警団の増員、とか?』

「自警団という響きは強そうですが、所詮、街のオジサマ達がしているに過ぎません。婦女暴行に手を出す荒くれ者相手に、力で勝てるはずがない。今以上に治安が悪くなってしまいます……ですので」


 数え終わった金貨を袋に詰めると、ラギハッドさんはニッコリと笑顔になった。


「メオさん、貴方の魔法の力を借りたいと、我々は考えております」

「私の? 私の魔法っていっても、石の形を変えるだけだよ?」

「はい、ですので、急ぎ作って頂きたい商品があるのです」


 私が作れる商品っていっても、日用品とか、そういう簡単な仕組みのしか作れないけどな。

 機械とか細々した飾り細工の道具とかは、ちょっと真似できそうにないし。

 

「あ、わかった。絶対に壊れない鎧でしょ?」

「アロウセッツ侯爵が剣を禁止している以上、武具に該当するものは禁止だと思われますよ」

「そうなの? 鎧もダメだったんだ、知らなかった。じゃあなんだろう? 何を私に作らせたいの?」


 ラギハッドさん、こほんと咳をした後、一回深呼吸をして、ぐっと眉間に力を込めた。

 いつになく真剣、目力が凄くて、この依頼は断れないんだなって分かる。

 私も膝上の手に力を込めて、ぎゅっと拳を作り、受け入れ態勢を取った。 


「メオさん」

「はい」

「貴方に、大人のおもちゃを開発して頂きたい」

「大人のおもちゃ、ですか」


 ……大人のおもちゃって、何?


『うわ、最低』

「ディアさん、これは街の治安改善に絶対必要なものなのです。そんな目で見ないで下さい」

「ちょっと待って下さい。大人のおもちゃって何ですか?」

『メオちゃん、知らないの?』

「はい」

『……じゃあ、ちょっと耳を貸してね』


 ふむふむ。

 性の捌け口となる道具を、私の魔法で作れと。

 しかも男の人専用ですか。ふむふむ。


「お断りしますッッ!!!!!!」

「そこを何とか!」

「絶対に嫌ですッッッ!!!!」


 額に青筋浮かべながら全力で拒否!!!

 ムリムリムリムリ! 絶対に無理!!!


「聞けばメオさんの魔法はありとあらゆるものを作れるらしいじゃないですか! 石材から家、さらには小道具、メオさんの魔法なら女性器の再現だって出来るはずです! だって自分のを真似ればいんですから!」 


『うわ、ほんっと最低』


「ディアさんからもお願いして下さい! これは街を救うために絶対に必要な案件なのです! どうやらアンドレさんによる窓口再開も難航している様子、このままでは不渡りが出てしまうのですよね!? 私達はともかく、アロウセッツ侯爵は不渡りを絶対に許さない方! 族滅してもいいというのですか!?」


「族滅で構いません!」


「一族を滅ぼすって意味ですよ!? どこかにあるというメオさんの故郷、ウエストレストの森を焼き尽くすって意味でもあるのですからね!? アロウセッツ侯爵はそれが出来るお方、絶対に不渡りを出してはいけないのです! ですから、この依頼を受けて、世界中にメオさんお手製の、世界最高の大人のおもちゃを流通させて下さい! そして、世界中の男を悦ばせてやろうじゃありませんか!」


 もうね、気づいたら目に涙いっぱい溜まっているの。

 握った拳は震えているし、食いしばった歯だって痛いくらいなの。


 世界中に私の作った大人のおもちゃが流通? そんな事になったら生きていけない。

 あ、この大人のおもちゃ、メオさんの再現らしいよ? なんて言われたら死ぬしかない。


 でも、それと同時に、私のせいで故郷の森が焼き払われるのも嫌だって思う。

 大好きな両親とお祖母ちゃん、それにセンメティス村にロウギット石切り場。

 私のせいで何十、何百人って人が苦しんでしまうかもしれない。


「結局……結局、断れないじゃないですかぁ……もうやだあぁぁぁ……」

「おお! 引き受けていただけるのですね!」


 引き受けたくない。

 心の底から引き受けたくない。

 引き受けたくないけど、引き受けないといけない理由がある。

 ボロボロと零れ落ちる涙をぬぐって、ラギハッドさんを睨む。


「……条件があります」

「いいでしょう、なんですか!」

「私が作ったと、公表しないで下さい」

「ええ、ええ、一向に構いません!」


 この事は、墓まで持って行こう。

 知っているのは、ディアさんとラギハッドさん、それとドーナツさんだけ。

 大人のおもちゃかぁ……聞いたことも見たこともないなぁ。


『ラギハッド支部長、この案件、成功報酬は如何程でしょうか?』

「え?」

『え? じゃありません。私達に猥褻な物を作らせておいて、成功報酬無しとか言わないですよね?』

「ふふっ、冗談ですよ。そんな怖い顔しないで下さい」


 あ、成功報酬とかあるんだ。

 いくらかな、ワクワク。


「試作品を作成して頂き、使用結果により報酬を与えることとします。試作品一個につき金貨一枚です。その後、商品化と相成れば、商工会にて一万個購入することを約束いたしましょう。購入した商品は全裸接客をさせている店舗に、強制的に購入させる予定です」


 一万個! 

 一個金貨一枚とかにしたら、それだけで金貨十万枚!

 商工会の方の借金はほとんど支払えちゃうじゃない!


「やった! それならヤル気が出ます!」


 所詮、ヤル気なんて金次第よね!

 大金持ちになってやるぞー!


『つかぬことをお聞きしますが』

「なんでしょうか?」

『試作品のお試しは、誰が行うのでしょうか?』

「無論、責任をもって、私が実施いたします」

『……試作品、返品しないで下さいね』

「ええ、では、早急に商品開発、宜しくお願いいたしますね」


 よっしゃー! やるぞー!

 大人のおもちゃ開発、開始だー!

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