第19話 出る杭は打たれる! 潰せ! 回楽店!

 ランポリギーの街に化け物店がオープンした。

 名を、回楽店という。

 割れないお皿、どこまでも軽い掃除用具、熱を通しやすい調理器具。

 揃えられた商品全てに超が付くほどの逸品、そして商品全てがハンドメイド。


 当日並べられた商品は割高なのに即日完売、翌日以降の待機列が港まで並んでしまい、急遽商工会にて抽選にするようお達しを出す必要があったほどの盛況っぷりだ。


 そんな状況が、かれこれ半月ほど続いている。


 当初は石材【ラスレーの貴婦人】ショックからようやく立ち直れると、温かい目を向けていた商工会の面々であったが、しかして、回楽店のあおりを受けている人たちが少なからず存在していた。


「皿が割れただけでクレームが出てしまう、そんなのあり得るのか!」

「こんなに硬いのに割れないし折れない、何なのよこの素材は!」

「急ぎ石材【ラスレーの黒正妃】を取り寄せろ! 我々も商品開発を行うのだ!」


 ランポリギーの街にて、元々雑貨店を営んでいた店主たちである。

 彼等が取り寄せた所で、石材【ラスレーの黒正妃】を加工できる者は誰一人としていなかった。

 どんな工具や機械を使用しても、傷のひとつすら入らない新素材を前に、焦る店主たち。

 

 これはもう、消費者側に回るのが最善なのかもしれないと、店を畳む者も現れる始末。


「ラギハッド支部長、これは営利の独占です! こんな横暴あって良いのですか!」


 慌てた店主たちは団結権を行使し、商工会支部長へと迫った。


「ええ、我々としては、売上からの税金さえ納めて頂ければ、何も問題はありません」

「このままでは、長年この街の発展に努めてきた我々が、生きていけないじゃないですか!」


 だが、こうるさい熟年の声に、木の精霊ラギハッドは頭を揺らしながらも、毅然とした態度を崩さなかった。


「発展に努めてきた? 胡坐をかいて座していただけでしょう? 彼女が生み出した昨今の流れは、彼女の努力によるものです。それだけの苦労をし、今があるのですよ」


「だとしても!」


「そうそうご存じかどうかは知りませんが、回楽店の店主はアロウセッツ侯爵から金貨二十万枚の借金を背負っているのです。それだけではない、我が商工会からも金貨十五万枚の借金を背負っている。あの店が繁盛していただかないと、困るのは我々も同じなのです。つまり、彼女の足を引っ張ることこそが、我らがランポリギーの街に対する悪徳なのだと、重々、心得て下さい」


 合計金貨三十五万枚の借金。 

 桁違い過ぎる金額だが、それはつまり、侯爵や商工会支部長の信用があるということ。


 信用は、商売をする上で何よりも必要なことだ。

 そしてその信用は、数値化こそ出来ないが、推し量ることは出来る。

 現状、回楽店の店主、メオ・ウルム・ノンリア・エメネの方が、自分たちよりも信用されている。


 同じ素材から類似商品を作ることも出来ない。

 壊すことも、作り直すことも出来ない。

 調べると、ロウギット石切り場の支配人まで、メオという名前に変わっているではないか。

 

「つまり、こうして仕入れた石材の金も、あの娘の懐に入る訳か」


 執念が、やがて怨念へと変わる。

 どうする事も出来ないのであれば、店舗を無くすしかない。

 やがて訪れる閉店という敗北を待つのならば、焼き討ちという形で攻め滅ぼすべきだ。


 ランポリギーの街は、水の街とも呼ばれている。

 自然火災はほとんど発生せず、火災の原因はもっぱら失火、もしくは放火だ。


 最近では、回楽店の商品を求めて遠方からの客も増えている

 売り切れを恨む客だってゼロじゃない、そうだ、自分たちだとバレる可能性は低いじゃないか。

 店主は夜中に一人、火打石と少量の油を手にし、セレブストモード通りを歩く。


 店舗周辺は暗く、人気も少ない。

 以前は事故物件、幽霊店舗だったのだ。


 ひと気の少なさも、彼の背中を押した。

 ショーウインドウへと近寄り、一人しゃがみ込み……そして、彼は見た。


 誰もいない店内で、店員の一人がカウンターに立っているではないか。

 以前なら、お化け間違いなしの光景だが、男は店員に見覚えがあった。

 ディアという名の、元商工会職員の女だ。

 どういう訳か、今は回楽店の店員をしている。 


(店員が明日の仕込みをしている……ではないな。何もせずに、ただ立っているだけだ)


 瞳に生気はなく、ただただ茫然と立ち尽くしているように見える。

 理由は分からないが、関係者が店内にいるのは、都合が悪い。

 放火をしたところで、すぐさま消火されては意味がないのだ。


 男は黙ったまま、ディアがいなくなるのを待った。


(……なんだ、今度は猫か?)


 誰もいない店内のカウンターに、今度は猫の姿が現れた。 

 そういえば、やたらと可愛い猫がいると評判だったのを、男は思い出す。

 可愛い店員に可愛い猫、ガワの部分も負けているなと、男は苦々しい笑みを浮かべた。


 しかしてその猫だが。

 しばらく様子を見ていると、猫のくせに周囲をやたら気にしているように伺える。 

 カウンターにいるかと思えば、店舗奥のバックヤードの方を見たり、店内を歩いたり。


 そして、猫がカウンターへと上がると、ディアは猫に対して口を開いた。


『いらっしゃい、ませ……お一人様、で、しょう……か?』

「ニャオウ、ニャニャオウ、ニャニャニャニャ」

『かしこまり……ました。では、こちら、へ……どうぞ』


 猫相手に会話をしている?

 男の理解が進まぬまま、一匹と一人は店舗奥へと向かった。

 一体何をしているのか? 興味を持った男は、二人が見える位置まで移動する。


『ご注文を……ど、うぞ』

「ニャニャンニニャーナ」

『かしこまり、ました。オレジン、ジュース、わん、ぷりぃ……ず』


 お店屋さんごっこをしているのか? これは猫に対する教育の一環なのか?

 いろいろな思考を逡巡させる男であったが、しかしてその思考回路は一瞬で吹き飛んだ。


(う、うおおぉ……うおおおおおおおおおおおおおぉ!?)


 ディアが、突如として裸になったのである。


 男は自分の目を疑った。

 突然の全裸、そして、ディアトート・Z・ゼンマンの胸は、とても大きい。


 ――いらっしゃいませ、お足元の悪い中、ようこそ商工会までお越しくださいました――


 かつて、男が掛けられた言葉を、脳が思い起こさせた。

 制服姿がとても似合う彼女は、優秀であり、店主たちの憧れの存在だった。

 まるで若い時に戻ったような感覚で、彼女と接していた時のことを思いだす。

 教室で学友のように接し、そして、青い春を思い起こさせた憧れの人。


 その人が今、目の前で生まれた時の姿になり、微笑んでいる。

 ほのめいた恋心と共に、男の心を一陣の青い風が過ぎ去っていった。 

 

「にゃっふ……ふるるる……にゃっふ……ふるるる」


 猫はというと、大きな双丘に飛びつき、ディアの先端を咥え込んでいた。

 猫とは大好きな人に対して甘噛みをする生き物である。

 必死にディアのサクランボにかぷかぷと噛みつき、ザラついた舌でぺろぺろと舐める。


 母親が我が子に乳をあげているかのような風景。

 青い春を思い起こさせた女性は、母として成長していたのだ。


(マ、マ、マ゛マ゛アアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!)

 

 男は心の中で叫んだ、自分も赤ちゃんになりたいと。

 猫、その場所代われと。


『……え? あ、ドーナツちゃん、私、また裸になっちゃったんだ』

「にゃにゃん、にゃにゃにゃ」

『ふふっ、ありがとう。ドーナツちゃんの魔力、ちょっと貰うね』


 猫を抱いたディアは、次の瞬間にはいつもの服装へと戻ってしまっていた。

 元の服装に戻ったことに対して、男は何も思わなかった。

 なぜならもう、男は賢者になっていたから。


『じゃあ、寝直そうか。ありがとうね、ドーナツちゃん』

「にゃーん」


 ディアが去った後も、男はしばらくその場に立ちすくんでいた。

 放火の為ではない、ディアを見た時に感じたもの。

 それは恋心ではなく、執念という恨みの念でもなかった。


「お店で全裸」


 違和感というものは、時には商売の糧になりえるものだ。

 通常ありえないシチュエーションこそ、人は興味を覚える。


 商品開発では太刀打ちできない。

 ならば、独自路線で生きる道を探すのみ。


 今この瞬間、男の股間と共に、ランポリギーの街に新たな可能性の種が、芽生えようとしていた。

 

「……全裸接客? そうか、全裸で接客させればいいんだ!」


 例え間違っていようが、その方向性が限りなく下卑たものであろうが。

 人が人を呼ぶ理由は、やはり人なのだ。

 そして男は、妻が反対する声を押し切って、自店に全裸接客を取り入れた。 

 ある一定の金額を購入すると、可愛い店員が全裸になってくれる。 

 おさわりは厳禁、時間も限られた数分のみ。

 脱衣から全裸、局部は見せない。


 だが、それでも、だとしても。

 男はそこに可能性があれば、獣になってしまう生き物なのだ。


 莫大な利益を得た男の店舗名は、やがて『ユニコーン』へと名前を変えた。

 神話に登場する、生娘が好きな、ド変態の馬の名前である。

 客を意識したのか、店主の趣味なのかは、不明のままだ。


 石材【ラスレーの黒正妃】と違い、全裸接客は誰でも真似が出来る。

 結果として、ランポリギーの街はこの日を境に、一気にピンク街へと、姿を変えていくのであった。

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