第四章 晩秋、美味いもんフォスティバル

美味いもんフェスティバル

 水田が空っぽになり、実りの季節がやってきた。


 秋晴れの高い青空の下、今日は待ちに待った美味いもんフェスティバルだ。場所は夏祭りを行った日根神社。因縁の場所で、私は北川さんに米粉ドーナツが美味しいと言わせてみせる。


 私がチャラチャラと男をたぶらかそうとしているのではなく、米粉ドーナツに真摯に取り組んで商売していることを、きっちり認めてもらうのだ。


 神社の一番奥の境内へと向かう参道の両側に、タープテントの出店が立ち並ぶ。一店舗ずつタープテントの下に長机を置いて、商品を並べ、メニューや看板を立てる。


 装飾をして店の特色を出すのだ。夏祭りの時は伝統的な店が多かったが、美味いもんフェスティバルは様相が全く違う。


 可愛いパステルカラーが目を引くアイスクリーム屋さん、その向かいではインドの国旗を立てかけるオーガニックスパイスカレーのお店が香辛料の匂いを振り撒く。


 松浪姉さんのコーヒー店も夏祭りの時とは全く違った看板を出していた。夏祭りと今日の美味いもんフェスティバルでは客層が全く違うことを想定している。プロである。


 松浪姉さんのコーヒー店では焙煎したての豆を一人一人にドリップで振舞う。今日の松浪姉さんの店は、メニューも看板も黒を基調として統一感のある特級のお洒落感を演出。コーヒーという飲み物は、コーヒーを味わう一瞬を大事にする自分というセルフイメージを高める効果もあるのだ。


 松浪姉さんはその目に見えない高級な時間までを、トータルコーディネートで売っていると先日教えてもらった。


 他にも、天然酵母のパン屋、無農薬のおむすび屋、採れたて野菜のスムージー屋、チャイ屋さんにお漬物屋さんなんてのもある。


 こだわりの食材に情熱を持って取り組んだそうそうたるラインナップが並んでいる。


 その中に飛び入りで私も小さなドーナツ屋さんを初出店だ。どの店も店構えから食へのこだわりとお洒落を両立する気概が滲み出していて、私は目が眩んだ。こんなにビジュアルからハイレベルだとは知らなかった。


 私が与えられたテント下の場所で一つずつ個包装にした米粉ドーナツ二種を細々と長机に並べていると、松浪姉さんがやってきて大きな声を出した。悲壮な声だった。


「ちょっと結子ちゃん何考えてんねん!商品を直に置くやつがあるかぁ!そんなダッサイもん誰も買わんわ!」

「え?!すみません!」


 米粉ドーナツに心血を注いだ私は「売る」概念に疎かった。食にこだわっていけば見栄えも大事になる。美味しいものを作れば売れるなんて時代ではないのだ。


 しかし、今日は米粉ドーナツしか用意していない。


 このままでは北川さんに商売を舐めていると思われてしまう。私が顔色を悪くし始めると松浪姉さんがいきなりスマホで電話をかけた。


「あ、春奈ちゃん?悪いんやけどな結子ちゃんのこと助けたって。この子ホンマ手かかるわ!」

「申し訳ないです……」


 松浪姉さんは素直になっちゃう米粉ドーナツを食べていないのに、辛辣だった。胸に痛いが、全部正しい。


 日根神社の近くに住む春奈ちゃんがすぐにやってきてくれた。ティーン雑誌のモデルかと見紛うような今時のファッションを着こなすパッツン前髪の春奈ちゃんは、私の飾り気のないタープテントの店を見て真顔になった。


「結子さん、言うたらあかんけど言うわ。ダサ……」

「ごめんなさい!」


 中学生の本音の指摘に泣きそうになっていると春奈ちゃんが透け感のある服を腕まくりして、肩になびかせていた髪を一つに括ってまとめた。


「イベント開始まであと二時間。うちに任せとき!」

「春奈ちゃん頼もしい!」

「だいたいの事情は松浪のおばちゃんに聞いてたから、和也をパシらせてる。なんとかするで!結子さん!」

「ありがとうございます!春奈ちゃん!」

「新作あとで食べさせてな!」

「もちろん!いくらでも!」


 パッツン前髪の下で春奈ちゃんの頼もしい笑顔が輝いた。私はきゅんとして涙目になりながら春奈ちゃんと両手を握り合った。


 それから急ピッチで出店準備が始まった。松浪姉さんが貸してくれた黒幕を長机に敷いてシック感を出しつつ、和也君が春奈ちゃんの家から持ってきてくれた和かごに個包装にした米粉ドーナツを丁寧に並べた。


「結子さんの店と同じ、和と洋菓子の交流!和モダン風やで!」


 和かごは丸くて平たい竹かご。手持ちのついた焦げ茶色の大きなアケビかご。藤で編まれた小判型のピクニックバスケットなど種類も大きさも不揃いだ。


 しかし並べてみるとどれも色つやがあって可愛く、不揃いなことが逆にお洒落に見えた。ドーナツとの相性もバッチリだ。


 私は一気にビジュアルレベルが上がった店構えに両手を胸の前で合わせて、中学生よりはしゃいだ。


「すごいです!」

「まだまだここからやで結子さん。メニューは手書きや。センスやでセンス」

「私、字なら自信があります」

「絵は画伯やけどな」


 春奈ちゃんにからかわれながら私は「米粉ドーナツ」と白い紙に黒いマジックで書いた。覗き込んでいた春奈ちゃんと和也君の顔面が凍った。


「あ、あかん……結子さんは何かを書くって行為をさせたらあかん人なんや」

「え、コワ。字が怖いってどういうこと」

「ブッふ」


 長机の端っこで字を書いた私の両端で、春奈ちゃんは天を仰ぎ、和也君は両手で両腕のさぶいぼを擦った。私の真後ろで噴き出したのは天のように不動なツクモ君だ。ツクモ君は私の書いたものを見て笑うのが好きだ。後で怒るからね。


 春奈ちゃんから絵も字も今後一切人前で見せるなと言われて、私はメニューの用意から追い出された。


「結子さん、看板は?!店の前に置いてる木造りの古い感じのやつええやん。あれ使おう」

「でももう時間が、車で取りに行っても間に合わなくて……」

「もうしゃあないやん。看板は諦めよ」


 一生懸命メニューのデザインに取り組んでくれている中学生二人に判断を下されて、私は情けなくなってしまった。北川さんを見返すなんて豪語しながら、私がしたのは新作米粉ドーナツの開発だけ。店の装飾まで準備が追いついていなかった。


 私がテントの端っこでしゅんとしていると、頭の上に大きな手がぽんと乗った。ツクモ君が慰めてくれるらしい。私はハァとため息をつく。さっき笑ったの許してあげようと振り返ると、ツクモ君の横に店の立て看板があった。


 ツクモ君の腰あたりまでのサイズがあるのでかなり大きいのだが、いつの間に。


「え?!まさか持ってきてくれたの?!」

「あれ?看板あったんや!」

「ちゃんと持って来とったんや、お姉さん偉いやん!今日初めてのクリティカルヒットやん!」

「ちょっと和也言い過ぎやで。結子さんは経営者っていうより職人さんやからちょっと気が回らんだけや」


 中学生たちが私を褒めているような貶しているような会話をして、二人で看板を引っ提げていってしまった。誰も素直になっちゃうドーナツを食べてないのにびっくりするくらい素直。


 取り残された私の後ろからゴリゴリと刺す視線を感じた。振り向くとテントの端っこの方に提灯三兄弟がいた。ムキムキの腕でポージングして私に見せつけてくる。提灯三兄弟が看板を持ってきてくれたようだ。


「ゆいこたん、顔ナシ様の命令じゃ」

「あらがえんのじゃ」

「ゆいこたんのドーナツ食った分、働けって言われたのじゃ」


 ツクモ君にがっつり命令されて来たようだ。王の命令には抗えない。


「ありがとうございます、提灯さんたち」


 私は彼らにこっそり手を振った。三人ともムキムキの腕でポーズして、ビシッとウインクしてくれる。一つ目なので目をギュッと瞑るだけなので、キマってなくて笑えた。


 提灯三兄弟が腕だけで逆立ちしながら帰っていった。私は隣に立つツクモ君を見上げる。


「ありがとう、ツクモ君」

「結子のためなら、こんなこと息をするより容易い」


 ツクモ君は蔵面で私をじっと見下げてから、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。困ったときに駆けつけてくれるお友だちと、いつだって側にいてくれるツクモ君。彼らに囲まれた私は、まるく繋がったものを感じた。


 人間、付喪神、みんなの協力でビジュアル力もぐぐっと上がった店構えを見て、松浪姉さんから出店許可をもらって一安心。でもフェスティバルが終わったら反省会だと、すでに言われた。

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