サブスク
「この新作フレーバーで、北川さんに美味しいって言わせちゃいます!」
「ええ心意気や!最高やん、結子ちゃん!」
私と松浪姉さんがカウンターごしに手を握り合っていると、小花ちゃんがカウンターにやってきた。カウンターの上に飾った白兎の土人形を見て、小花ちゃんは目を輝かせた。子どもは以前と変わっているところにすぐ気がつく。
「ウサちゃんや!小花、ウサちゃんだいすきやねん!」
小花ちゃんについてきてカウンターの上に鎮座したさっちゃんが、明るい声に目を丸くした。小花ちゃんがゆっくりさっちゃんの土人形に触れてなでなでした。
「このウサちゃんかわいいー!あったかいよ!ママ、このウサちゃんあったかい!」
「えーほんまにー?そんなわけないやん」
松浪姉さんも土人形のさっちゃんに触れているが、あたたかさは感じないようだった。さっちゃんは小花ちゃんにだけ温かさを伝える能力を使っているらしい。
今日も小花ちゃんが着ているのは白兎のシャツ。この店に初めて来た日も、お祭りで会った日も。小花ちゃんは白兎の服を着ていた。小花ちゃんは白兎が大好きだ。
私は次の持ち主として、小花ちゃんは適任なのではないかと考え始めた。
「ウサちゃんあそびたい!」
「あかん、土人形は落としたら壊れるから」
「だいじにできるからぁ!」
「あかん!」
私がさっちゃんに目配せすると、さっちゃんは小さく頷いた。遊んでもいいようだ。私はキッチンを出て、地団太を踏む小花ちゃんの前に膝をついて屈んだ。目線を合わせてゆっくりと尋ねる。
「このウサちゃんのお人形はね、さっちゃんっていうの。小花ちゃん、優しく遊んでくれる?お約束できる?」
「うん!なでなでするー!」
私は小花ちゃんの小さな手にさっちゃんの土人形を渡した。小花ちゃんは土人形を大事に両手で包み込んで、グリーンのソファ席へ走って行った。さっちゃんも軽やかに小花ちゃんの後を追う。松浪姉さんがふぅと息をつく。
「ごめんな、わがまま言うて」
「いえ、実は松浪姉さんにお願いがあって」
「なんや?」
私は松浪姉さんの隣の席に座って、深く息を吸ってから言葉を選んだ。
「あの土人形を連れて帰ってもらえませんか?」
「え?なんで?」
「大事な土人形でして。次の持ち主を探していたんです。白兎好きの小花ちゃんはぴったりじゃないかと思って」
松浪姉さんは腕を組んでうーんと考えた。
「今は気に入ってるみたいやけど、たぶんすぐ飽きるで。大事なんやったら手放さん方がええやろ?」
「大事なものだからこそ、大事にしてくれる次の持ち主が必要です」
私の熱の入った声色に、松浪姉さんも本腰を入れて聞いてくれた。松浪姉さんは思慮深く腕を胸の前で組んだ。
「まあ、確かに。大事やからってしまい込むのがええってわけちゃうからな」
「飽きるようでしたら、松浪姉さんの判断で私に返してもらいたいんです。もしかしたら、私の方から返して欲しいなんて言うかもしれません」
松浪姉さんの家と、この小さなドーナツ屋さんとはそれほど離れていない。もしさっちゃんが酷い扱いを受けるようなら、さっちゃんが自分で私に助けを求めに来られる距離だ。松浪姉さんがニパッと笑って今風に言い直す。
「おもちゃのサブスクってとこやな」
おもちゃのサブスクとは、おもちゃを格安で一定期間貸し出して、おもちゃと「お試しで遊んでみる制度」のことだ。
気に入ったならそのまま購入して、遊び飽きたならば返却する。おもちゃにも子どもにも親にも無駄のないエコな方法である。
「本当に必要か、一緒にやっていけるかどうか見定めるお試し期間です」
松浪姉さんは腕を組んで天井の梁を見上げてぶつぶつと持論を唱えた。
「物を持つのは責任や。なんでもかんでも買うんやなくて、まずホンマにいるんかどうか相性を試すのは大事やと思うわ。物と適当に付き合うから、不法投棄なんてクソみたいなこと起こるんや」
「私も物と誠実に付き合いたいと思っています」
天井を見上げていた松浪姉さんは私に向き合い、頷いた。
「やってみよかお試し期間」
松浪姉さんはニッと崩した親の顔で笑って、小花ちゃんをコソッと指さした。
「小花も気に入ってるみたいやしな」
小花ちゃんはいつの間にかカウンターの端っこ、ツクモ君の指定席に座って、土人形とごっこ遊びをしていた。
「ここは我の席だと言っているだろう、童」
松浪姉さんには見えていないが、小花ちゃんはツクモ君の膝の上に座っていて、カウンターの上ではわたあめみたいなさっちゃんがニコニコしていた。
ツクモ君に、小花ちゃんに、さっちゃん。豪華フルセット。写真に収めて永久保存したい可愛いがいっぱいだ。私は可愛すぎるその光景にほくほくのまるい幸福を感じた。
松浪親子が帰る時間になって、小花ちゃんはしっかり土人形を両手に抱えていた。何度も土人形を撫でて笑いかける小花ちゃんが、愛しかった。
「さっちゃん!小花のおうちにつれていってあげる!かえってもいっしょにあそぼうね!」
わたあめみたいなさっちゃんは、三和土の際でふり返ってキョロキョロしていた。行ってもいいのか迷っているようだ。
私は松浪姉さんに玄関で待ってもらうように告げて、キッチンの中に座り込んでさっちゃんを呼んだ。さっちゃんを両手の上に乗せて、私はさっちゃんを安心させるように笑いかける。
「さっちゃん、小花ちゃんと遊んでどうですか?」
「楽しい……さっちゃんもっと小花ちゃんと遊びたい。でも千鶴ちゃんは、さっちゃんが別の人と遊んだら悲しむかな?」
「さっちゃんが前向きに変わっていくことは、千鶴おばあ様の喜びですよ」
私の自信満々の笑顔に、さっちゃんは大きく頷いた。
「小花ちゃんが次の持ち主?」
「まずはお試しで持ち主になってくれるようにお願いしました。行ってみてください」
さっちゃんはまだ不安の残る赤紅色の目でこてんと首を傾げた。
「もし、嫌になったらここに、帰って来てもいいってこと?」
「そうです。さっちゃんを一生大事にしてくれる方に出会うまで何度でも私がお世話しますから。怖がらないで行ってきてください」
私がさっちゃんのふわふわな背を撫でると、さっちゃんはにへっと笑った。
「ありがとう、結子ちゃん。さっちゃんやってみる!」
さっちゃんは小花ちゃんのところへと軽やかに飛び跳ねて行った。小花ちゃんとさっちゃんの背中を玄関から見送る。珍しくお見送りに出てきて、私の隣に立つツクモ君が私に問うた。
「今、何を願う?結子」
小花ちゃんの肩に乗ったさっちゃんは嬉しそうで、小花ちゃんは何度も手の中にいる土人形のさっちゃんがあったかいと笑った。私は微笑み、心に浮かんだ願いを紡いだ。
「さっちゃんの新しい人生に幸多からんことを」
「童に我の加護を与えよう。結子がまた一つ前へ……進んだ祝いに」
ツクモ君がそう言うと、漆黒の蔵面が秋の夜風に靡き美しい顎元が覗いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます