スピーチ

 どこかから流れる軽快な音楽と共にフェスティバルが始まった。だが、松浪姉さんからビジュアルの合格ももらったはずの私の店は、覗く人がいても遠巻きにされるばかりだった。


 商品を並べた長机の前に春奈ちゃんと並んで座る私は、唇を噛みしめていた。


「なんでやねん……!こんなんおかしいやろ!」

「春奈ちゃん、私が呪いのチラシを書いたせいで」

「そんなんもう関係ないわ!北川のおっさんがチャラチャラアバズレとか言うたからみんななんとなく避けてるだけや!村のそういう同調圧力っぽいの!うち大っ嫌いやねん!」

「春奈、落ち着け。どうどうーどうどうー」


 両手をバタつかせてキーキー叫んだ春奈ちゃんを羽交い絞めにして、和也君がテントの裏へと退場させる。私より先に怒ってくれる春奈ちゃんの存在に私は勇気づけられた。


 ここでこのままジッとしているなら店に引きこもっているのと同じだ。


 私は米粉ドーナツプレーン味を小さく切り分けて試食用に和盆の上に並べた。私はふんと鼻息荒く和盆を持って立ち上がり。私は決意を表明するようにツクモ君へ呟いた。


「ツクモ君、見てて。私、絶対諦めないから」


 ふっと噴き出すような音がした。着物の袖から伸びた手をツクモ君が蔵面の中に入れた。口元を手の平で覆ったような仕草。ツクモ君はじたばた足掻く私が面白いのだろう。


「結子には、付喪神の王である我が憑りつくに相応しい芯がある。我の選択に狂いなどないように、結子に失敗などあり得ない」

「ツクモ君はいつも言う事が壮大で頼もしいよ」


 ご機嫌なツクモ君の独特な激励を受けた私は店の前へと出た。店の前は参道だ。参道に足を乗せて、私は店を遠巻きにして素通りしようとする人に声をかけ始める。


「良ければ、試食しませんか?米粉ドーナツなので、グルテンフリーですよ」


 グルテンフリーとは小麦粉を使っていないという意味だ。今日は食べ物に対して意識の高い人が集まるので、グルテンフリーの単語は通じると松浪姉さんに聞いている。


 お客さんの興味のありそうな単語を使うことも集客テクニックの一つだと松浪姉さんから学んだ。四十代の女性二人組に声をかけると立ち止まってくれて、一つ食べてくれた。


「え、もちもちやん」

「ほんまや。美味しい」


 二人は顔を見合わせて不思議そうにしてから、私の顔をみて気まずそうにフイと目を逸らした。


「でもええわ」

「行こう」

「ありがとうございました」


 私は食べてくれただけで嬉しくて頭を深々と下げた。女性二人組は店の中まで興味深そうな視線を投げかけていたのにヒソヒソ話しながら行ってしまった。


 そのあと何人もの女性たちに声をかけたが、素通りするか、先ほどの二人組のように美味しいけどちょっとね、と気まずそうな言葉を残して去って行ってしまう。


 私はつい俯きそうになる顔をぐっと上げた。下を向いて顔を隠す理由なんてない。悪いことなんて何もしていない。


 でもやっぱりこのままでは同じだ。なんとかしなくちゃ。何かを変えるためにここへ来たのだから。私がぎゅっと唇を噛みしめていると気を取り直した春奈ちゃんが店の中から私に呼びかけた。


「結子さん、次、結子さんの番やって!」

「なんでしたっけ?」

「一言スピーチ!」


 フェスティバル運営側による粋なはからいで、各店舗に宣伝マイクを持つ時間を与えられて、集客のアピールタイムがある。持たされたマイクを通して、宣伝者の声がこの日根神社内にあるスピーカーへ流れるのだ。


「宣伝がんばってよ!結子さんの不思議ちゃんカワイイところでどーんとお客引っ張ってきてや!」

「不思議ちゃんじゃないですけど……」


 私はそんなこと言われたことがないと首を傾げているうちに、境内の前の鳥居の下、五段程度の段差の上に立たされた。先ほど松浪姉さんはコーヒーへのこだわりを語り過ぎて、マイクを取り上げられていた。


 私が段上に立つと行きかう人たちがふと足を止めて私を見つめる。あの怪しい店の店主が何を言うのか一言聞いてやろうと、値踏みしているのがビシビシ伝わってきた。


 何かを強く主張するのは苦手だ。北川さんにも言い返せなかった。でも、村人に何か言うなら今しかチャンスはないのだ。私は大きく息を吸って、マイクを通して言うには大きすぎる声を放った。


「申し訳ございませんでした!」


 私の声のあとにキーンとマイクの耳障りな雑音が入って、参道にいた人たちも店舗の人たちも皆が私に注目した。私は深々とお辞儀をしてから、顔を上げた。


「私!絵が下手だって自覚がなくて、皆さんを怖がらせるチラシを撒いてしまって本当にごめんなさい!」


 絵が下手な自覚がない?! あのとんでも画伯で?! とフェスティバルに集まった村人たちは互いに顔を見合わせて驚いた顔をした。中にはそんなアホな! と噴き出す人もいた。


「ずっと一言謝りたくて!申し訳ございませんでした!」


 私が顔を上げてきっぱり言葉を放つと、村人たちの心がこちらを向いているのがわかった。


「私、母の故郷であるこの神ノ郷村でがんばりたいんです!」


 私は必死で真っ直ぐ声を届けた。


「怖いことなんてしません! 米粉ドーナツを食べてもらいたいだけなんです! よろしくお願いします!」


 私の声だけが神社に響き渡って、静寂ができた。静寂を破ったのは中学生の和也君だった。


「こんな可愛いお姉さんが言ってるのに、まだみんな怖いとか言うんか?!頭の中コワイのお前らやぞ!」

「そうやそうや!いっぺん食べてからコワイって言いや!」


 階段の前で和也君と春奈ちゃんが後押ししてくれる。彼らの声に触発されてざわつき始めた村人たちの中に、米粉ドーナツに興味を持ってくれた人は確かにいると思えた。


 だが、私がマイクを返して階段を降り始めると、その前にしかめっ面の北川さんが現れた。薄青い作業着を着た彼は、今日もやや頭頂が禿げている。

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