男子中学生の契約

 ドーナツ紛失事件の犯人は鈴姫ちゃんだったようだ。私は三和土に屈みこんで、鈴姫ちゃんと打ち合わせを行う。


「鈴姫ちゃんが宿る実体の『簪を捨てて』と和也君に言えばいいんですね?」

「頼んだわよ、結子!簪は和也の勉強机の一番下の引き出しで、エロ本の下敷きになってるからね!」


 とても言いにくい場所にある。


 しゃがみ込む私に顔を寄せて、鈴姫ちゃんの猫顔がキラキラ期待に輝く。褒められたやり方ではないが、鈴姫ちゃんのおかげで和也君は来店してくれた。鈴姫ちゃんは和也君と私の、縁を結んだのだ。


 まーるいドーナツ、まーるいご縁。

 まーるいご縁を繋いでいかなくては。


 私はキッチンに戻り、カウンターを挟んだ向こう側でもりもり米粉ドーナツを食べる和也君の前に立った。


「お姉さん、米粉ドーナツ冷めててもおいしかったけど、揚げたてはすごいわ。何がすごいってヤバい」

「ありがとうございます」


 和也君の語彙を絞ったわかりやすい感想が微笑ましい。気に入ってくれたのがまっすぐ伝わった。コーヒーは苦手だという和也君にほうじ茶をサービスで出して、私は話を切り出した。


「あのですね……」


 なんて言えばいいのか。あなたの勉強机の一番下の引き出しには秘密のお宝本がありますね?なんて言ったら確実にもう来てくれない。最後の団子串ドーナツをごくんと飲み込んだ和也君に、私は苦し紛れに質問した。


「お宝はどこにしまうタイプですか?」

「エロ本は勉強机の一番下の引き出し」


 私と和也君は見つめ合い、沈黙が流れた。


「ブッふ!」


 カウンター最奥席でツクモ君が噴き出した。


「いい気味だ小僧。品の欠片もない失態だな」


 ツクモ君が隠しもせずに肩を震わせて笑っている。ダメだよツクモ君、笑ったりしちゃ。気持ちはわかるけど。しかもものすごく嫌味なことを言う。私には意地悪したりしないのに、今日は情緒豊かだなツクモ君。


「は?俺勝手に暴露してんねん!ナシ!今のナシ!」


 和也君は耳先を赤くして自分の口を両手で塞いだ。今更遅い。前から感じていたが、米粉ドーナツを食べた途端、素直になっちゃう現象が続いている。


 まさか米粉ドーナツにそんな不思議な力が?と私が考え込んでいると、慌てた和也君が学ランズボンのポケットから千円札を二枚取り出した。


「俺疲れてんのかも!もう帰るわ!はい、支払い!」


 和也君がカウンタにお金を乗せたが、私は言いにくいことを言わなくてはいけなかった。


「足りません」

「マジで?米粉ドーナツ高いな!」


 米粉ドーナツは一つ二百七十円と割高ではある。だが、身体に優しい食材を厳選しているために胸を張って適正価格だ。和也君が固まった。


「俺、もしかして食い逃げ?」


 もう手持ちがないらしい和也君は顔面蒼白になっていく。小さな村で犯罪者扱いされたら生きていけないとでも思っているのだろう。こっちはすでに呪いの店扱いされているが。私は降って湧いたこの機を逃がさずに交渉を仕掛けた。


「米粉ドーナツのお代はいりません」

「は?!どういうこと?!」

「でもその代わりにお願いを聞いてもらいたいんです」


 私がカウンターにグイと顔を出すと、和也君はゴクリとまだ幼い喉仏を上下に動かした。


「ま、まさかお姉さん、俺の体目的で……」

「ないです」


 中学生の想像力には感服する。


「鈴がついた簪をこの店に持ってきて、捨てて欲しいんです」

「なにそれ」


 和也君は眉を寄せて怪訝な顔をする。


「何も聞かず、その簪を持ってきてくれるならドーナツはプレゼント。和也君が食い逃げしそうになったことも、お宝の場所も誰にも言いません」

「……ええ条件やないか」


 喉をエヘンと整えた和也君は妙に芝居がかった返事で悦に入っている。和也君は両腕を胸の前で組んで首を傾げた。


「簪なんていらんから捨てるのはええけど、どこにあんねんその簪」


 来た。一番言いにくい場所。私はちゃっかり和也君の隣のカウンター席に座る鈴姫ちゃんに目配せした。和也君には鈴姫ちゃんもツクモ君も見えていない。鈴姫ちゃんの猫目が言え!と圧を飛ばす。


「お宝引き出しの、どこかです」

「……マジで?なんでそこにあるとかわかんの?」


 和也君はトップシークレットのお宝引き出しに簪があると言われて、椅子から立ち上がって蒼白になった。


「何も聞かない約束です」

「お宝のこと、誰にも言わんといてな」

「言いません。だから簪を」

「約束するけど……この店、お宝の場所を暴くとか、ある意味呪いより恐ろしいんちゃう?それ不思議っ子パワー?」

「お宝の隠し場所は、和也君が自分で言ったんですよ?」

「そんなアホな」

「このことは誰にも言わないでください」

「……わかった。約束や。明日持って来る」


 私と和也君はお互いに秘密の共有感を得て、ぐっと頷きあった。

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