第10話 険しすぎる、道のり
『よかったわけ? 二人、置いてきて』
ハチの声が耳たぶから聞こえる。
僕は耳につけた8をタップした。
これで僕の声はハチに届く。次にタップすれば、僕からの通話はできなくなるはずだ。
「うん」
『まあ、危険だしね』
「だから、二人のこと、お願いね、ハチ」
『それは構わないけど』
先を歩くモフモフさんしっぽがブンと揺れた。
「7代目、ここの通路を左に」
「ありがと、モフさん」
息を整えながら進む僕らだけれど、3階層まで降りるのは時間がかかりそうだ。
モフモフさんの肉球から浮き出させた3Dマップを見ると、少し遠回りをしながら進んでいる。
だが、これは仕方がない。
凶暴化したデバイスが巡回をしだしたからだ。
当初考えていたルートが使えない状況となっている。
『止まって。巡回デバイスが来る』
壁に張りつき、モフモフさんが電磁シールドを展開した。このシールドのおかげで、僕とモフモフさんがハイブリッドに視認されなくなる優れものだ。
これはさっきマップのダウンロードをした際に手に入れたそうで、即活用しているが、モフモフさん自身をシールド発生機にするため、電力の消費が激しい。
「モフさん、電池、大丈夫?」
「まだ6割あります。出し惜しみしていても先に進めませんからね」
『そこ、突破すれば、さっきのセーフティルーム直結のエレベーター作動できるから』
確かに突破すればいいだけだが、それがなかなかに難しい。
どうルートをとっても、旧研究室を突っ切るしかない上に、通気ダクトを通らなければならない。
旧研究所手前の廊下で、僕らは現在、その通気ダクトの中で待機中だ。
ハイブリッドネオが新しいウイルスで進化していることが判明。温度変化のサーチ能力が高性能になったことにより、単純にダクトを抜けて動くのは危険と判断。
現在、この旧研究所階層の室温を上げて、体温を誤魔化す作戦だ。
しかし、待つだけの時間はなかなか減らない。
「あと、どれくらいかな?」
『10分もかからないと思うけど。何度も聞かないでよ』
「……だって、それ、3回目だよ?」
『しょうがないでしょ? 電源を引っ張ってこなきゃいけないわ、カメラは作動させたままにしなきゃいけないわ、いろいろあんの!』
「……すみません」
しょぼんとした僕の顔をモフモフさんが撫でてくれる。
「ハチさんは忙しくて余裕がないだけですから、ご安心ください。……あ、もうとっくに耀太さんと委員長さんは到着してそうですね」
「そうだね。……ハチ、そっちに耀太と委員長、着いたかな?」
『んー? ん? あー、着いてる、着いてる。……あと5分で室温が服部と同じ体温になる』
適当な報告と、良い報告が混じったせいで、素直に喜べない。
──本当に、二人はちゃんと到着してる? 安全なところにいるの?
そう、確認したいが、また怒られるのも辛い……!
ここは信用するしかない、か。
「……うん、ありがと、ハチ。そうだ、モフさん、電池残量はどのくらい?」
「あと10回はシールドを張れますが、なるだけ見つからないことが優先ですね」
「そうだねぇ」
僕は水を飲みながら、改めてマップを確認する。
階層の温度は現在36℃近いはずだ。
もう真夏日の気温そのまま。湿度が若干低いのが救いかもしれない。
でも普段なら、こんな気温の日は外に出ないし、なんならエアコンは24時間作動させている。
久しぶりの暑さに、体力ゲージが目減りしていくのがわかる。
「……はぁ。あっつぃ」
「もうすぐですから」
「さっさと移動しようね、モフさん。……えっと、ルートの確認なんだけど、ここから真っ直ぐいって、ハシゴで上がって、左のダクトへ進んで……右、左、左、右のあとは、真っ直ぐ、かな?」
「はい、その通りです。今の状況なら、そのルートです、7代目。さすがですっ」
『今、動きに反応するタイプのハイブリッド、そっちに行った』
ハチの声に、僕らは通気ダクトの扉といえる、壁にはめ込まれた網越しに、ギュッと身を縮めた。
決して姿を見られることはないが、息をなるだけ殺し、そのハイブリッドが去るのを待つ。
少しでも動いたと察知され、通気ダクトに侵入されるのは勘弁だ。
小さなモーターとタイヤの滑る音が近づいてくる。
赤い光を点滅させながら、異常を探知するために走り回っている。
動くものにしか反応しないため、体温や音の影響は少ないようだが、それでも念には念を。
動かず、息を潜め、目の前を走り抜けたと、安堵した瞬間、何かにそれは衝突した。
衝撃音から、ひしゃげた鉄の音、さらにエラー音が響き渡った廊下で、何が起こったのかと網の隙間から目を凝らす。
「……うそ」
声をなんとか押し殺す。
理由がわかったからだ。
さっきのハイブリッドよりも3倍は大きい黒いハイブリットが、通り過ぎて行った個体を片手で掴み上げている。
『警告! 警告!』
警告と叫び、ボディサイズに似合わない太い両腕を振り回すハイブリッドを無視し、黒いハイブリッドは赤い目を強く光らせた。
瞬時に手の中のハイブリッドを解析したかと思うと、黒いボディーが中央から二つに割れる。
まるでワニの口だ。
大きく開いた両側に、チェンソーのような歯が交互に並んで、回転している。
その中に騒いだままの小さなハイブリッドを放り込むと、がちゃんと口を閉じた。
左にぶら下がっていた頭が、重厚な金属音を立てて中央に鎮座すると、胴体がうなりだす。
すぐに、黒いハイブリットの背中から、小さなハイブリットの象徴的な両腕が音を立てて伸びてきた。さらに足の関節が複雑に構築し直され、レンズが横に追加で2つ並ぶ──
「……まさか、食べ」
思わず、口から出でた言葉をモフモフさんの肉球が押さえた。
僕は唇を結び直し、モフモフさんを抱えて、音を立てないようにダクトの入り口から離れていく。
だが、黒い個体は僕らの場所一点を見つめ、じりじりと近づいてくる。
歩く速度は遅い。
だが、全てを見透かしたような、余裕のある足取りにも見える。
『……右手の壁に沿って移動。すぐ脇道がある。そこに隠れて』
ハチからの指示で、僕はお尻を器用に滑らせながら、壁に身を寄せた。
ずりずりと後ろに下がる一方で、じりじりと通風口の網に影が伸びる。
ほんのりと明るかった影が、真っ黒に染まった。
すぐに赤い点が、4つ、覗き込む──
僕とモフモフさんは息を止め、暗い奥まった角のスペースでじっと身を丸めた。
通風口が破られ、侵入された場合、背中にさしておいた発煙等で距離を稼ぐしかない。
音をじっと聞く。
今にも通風口を破り、ゴムのように伸びた長いアームが僕の腕をつかむのではと、胃を縮ませて、息を止めた。
侵入してくるかもしれないダクトを横目に見ながら、脇の角で通路を睨む。
だが、映画のよくある展開のように、暴れる腕は襲って来なかった。
ブラックの個体は離れて行ったのだ。
気づかなかったのか、はたまた諦めたのか、僕らを泳がすつもりなのか、目的はわからない。
だが、ここから移動できるのは、間違いない。
『……よし。温度もちょうど良い感じ。移動して』
「わかった。……よし。さっきのあれ、注意しながら進もう、モフさん」
「はい、7代目。慎重にいきましょう」
──僕は、真剣に考えていた、つもりだった。
僕の想像が単純なもので、空想で、映画の延長でしかなく、そして、ハッピーエンドの映画やゲームのように、簡単にクリアはできないんだと、現実を直視することになる────
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