第9話 絶交
二人の顔が、かなり険しい。
いや、険しいを通り越して、……これは、怒ってる……?
「ちょっと、服部くん、どういうことっ?」
尖った声を先に発したのは、委員長だ。
「どうって……だって、危ないし」
「オレだって、手伝えるよ? な、ナーガ!」
「お前は運動神経しかねぇからなぁ」
「そんなこというなってばぁ」
僕がどう説明していいか言葉に迷っていると、委員長は腕組みをしながら、レイに視線を飛ばした。
「もう、いい。レイ、そこの地図、ダウンロードして」
そこの、と顎をしゃくったのは3Dの立体図面だ。
さらには敵や味方の位置など、把握できる範囲で表示されているものになる。
「あー……。ミドちゃん、それは無理ね」
「なんでよ。モフ猫ちゃんはできてるじゃないっ」
「……わかんないけど、そこの猫が特別なのよ」
モフモフさんは淡々とダウンロードをし、設定を繰り返している。
僕がメモした内容を地図に反映してくれているようで、うんうんと唸りながら、階層ごとの道順はもちろん、ルートの選定も行ってくれている。
「なかなかここのルートは厳しそうですねぇ。広い道のほうが良さそうな……7代目、安全第一でルート作りますよ?」
「うん、お願いモフさん」
ひとり、ふわふわの手でほっぺをこねながら悩むモフモフさんは、いつものモフモフさんだけど、これが特別だったとは知らなかった。
まだ納得がいかないのか、委員長は不機嫌ままだ。
レイは小さく跳ねて、委員長の肩にとまりなおす。
「例えばだけど、ここからAビルまでのルートを知りたいってミドちゃんが言うじゃない? そしたらあたしは、ここからAマップまでのデータがある本棚から本を借りて、ミドちゃんに教えているの。あのモフ猫は、本棚そのものを頭に入れてる感じ。あんな膨大なもの、入れれないわ、普通のデバイスに」
しゅるりと耀太の首にまきついたナーガもこくりとうなづいた。
「そういうことだから、俺たちに出番はねーよ」
「それでもさ!」
諦めきれないのか、耀太は口を尖らせたとき、階層マップの一部で点滅が起こる。
ハチが侵入してきた、といっていたポイントだ。
僕の仮説が正しい、予感がする──
僕は階層のマップに指をさした。
「あのね、二人とも、これ見てくれる?」
「なになに?」
駆け寄ってきた耀太と、その後ろにまだツンツンした雰囲気の委員長がつていくる。
「デバイスネオがいる下の階なんだけど。これ、ネオは紫の点で示されてたんだけど、3つだけ赤かったんだ。今、5つになってる。でも、デバイス数に変化はない。これは侵入者が増えたんじゃない。侵入はウイルスで、新しい2つにも感染したんじゃないかって思うんだ」
『Exactly! さすが、服部の子孫ね』
スピーカーからの声はハチだ。
『調子はどう? ようやく設定が整ったわー。まあ、侵入はしっかりされちゃったけど』
赤い点滅の近くで画面が立ち上がる。
ハチの小さな白黒の顔がブンと音を立てて横に並んだ。
『まず。これ、侵入してきたのは、サーペントがつくったウイルスなの』
「サーペントって……」
僕が濁した言葉を耀太が続けた。
「あの、秘密結社の!? マジ!?」
ハチは興奮ぎみの耀太に鼻で笑い、話を続ける。
『そ、そのサーペント。でもそんなカッコいいもんじゃない。彼らは自分の手を汚さない主義。デバイスを通してサイバー攻撃がメイン。で、下にいるネオに再感染させて、さらに凶暴化させ、サーバールームを汚染しようとしてる。ここを感染させれば、ラボ全部のデバイスに感染させることが可能になるし、あとね、』
大きめの映像画面が飛び出してきた。
それは商店街の監視カメラ映像だ。
アーケード街となっている場所で、地震の損壊はそれほど大きくないが、デバイスが人々を襲っている様子が見える。
「……なに、これ……デバイス、めっちゃ暴れてるじゃん……」
食い入るように画面を見た耀太はつぶやいたあと、言葉がでてこない。
委員長はじっと見つめつつ、小さく首を傾げた。
「でも、感染しているのと、していないのがいる。ほら見て」
委員長の声に、僕もつられてよく見ると、確かに妖精型デバイスは人を襲っているが、道路の清掃デバイスは全く人を襲う気配がない。
「……本当だ。清掃デバイスは人を襲ってない」
襲っているのは最新型ばかりだ。
しかも、自分のマスターのみ。
「ハチ、感染経路はどこから?」
『あら、委員長さん、いいところに目をつけたわね』
かちりと画面が切り替わり、感染ルートの動画が動き出す。
『サーペントが作ったウイルスは、検索ルートの途中に潜んでいて、通りかかったら感染するイメージ。清掃デバイスが感染していない理由は、あれ、かなり旧型でしょ? 外付けのデータで更新するタイプだから、感染しようがない。でも、ここのサーバールームが感染されれば、その子達も凶暴化する』
ハチの言葉を聞いた耀太の体が固まる。
考えている状態だ。
「え、ちょっと待って……」
耀太が大袈裟に頭を抱えながら、がばりと頭を上げた。
「そしたら、そのうち、ナーガも感染するかもってこと!?」
『Exactly! 意外と気づくの早いじゃない。つか、よく気づいたね』
「だって、ナーガもデバイスじゃんっ」
『あー……うん……』
目を細めたハチを睨むように顔をあげた委員長は、画面にぐっと近づいた。
「じゃ、レイも? でも、どうして? どうやって感染するの? 今の段階で感染していないのに?」
『口頭で情報のやり取りをする旧型デバイスは感染しにくい。情報を取りにいくルートがちがうから。でも、ここのサーバールームは、みんなのデバイスの母体みたいなもんで、臍の緒みたいにつながってる。だから、ここが感染すれば、時間差はあれど、感染するってこと』
画面が日本地図になり、黄色の点滅が浮かび上がった。
全国に光るポイントがいくつか見え、その画面と入れ替わるようにハチへと戻る。
『ざっくりだけど点滅したところが、このエデンみたいなラボ。それが日本中に散らばってて、みんなのデバイスを維持してるってわけ。それを操作し、デバイスのない世界にしようとしているのが、サーペント。わかった?』
張り詰めた空気をとくように、メロディが響いた。
簡易フードが出来上がったようだ。
個包装に包まれた食べ物と、ペットボトルを15がたくさんの手で抱えてやってくる。
『ミズ、タベモノ』
がさりとテーブルに広げられたが携帯に便利な大きさの小袋タイプと、ペットボトルが6本。
モフモフさんが分けやすいように生成してくれたようだ。
目の前に出されたそれらを僕らは一つ手に取り、近くの椅子に腰を下ろした。
都市伝説のサーペントが、実在した上に、彼らの目的はデバイスの一掃だという。
普段なら『それも、都市伝説でしょ?』と信じないけれど、地震、デバイスの凶暴化、そして、エデンの出現──
どれも、現実で、現在進行形で起こっている。
ハチのいうことも信じるしかないのかもしれない。
嘘だ、という確証がない。
どの言葉を音にしても現実味がないのか、押し黙ったままだ。
僕も何を話したらいいのか、わからない。
だからか、僕らは自然な流れで簡易フードの封を開けていく。
小袋に入ったレーションは、キューブ型のひと口サイズに成型されている。食べやすい形状で、動きながらでも摂取しやすそうだ。
それぞれに口に含み、3人同時にレーションを見つめた。
「……うまっ!」
「おいしい、これ……なにこれ。なにこれ……」
「ヤスコさんのクッキーに似た味がする」
「「やすこさん?」」
声がかぶる。
僕は二人が驚いたことに僕は驚いてしまうが、次の言葉で理由がわかった。
「優羽ちゃん、一人暮らしじゃないの?」
「え? お母さんじゃなく? 一人暮らし!?」
それぞれに驚くところがあるようで、僕は思わず笑ってしまった。
「覚えてない、耀太? うちの家事ロボットのこと」
「あー、おやつの時間になったら呼びにきてくれてた? え? あのケーキとか、全部っ?」
「そうだよ。祖父が祖母のために買った家事ロボットで、今も健在。お菓子作りは得意なんだ」
「うそでしょ? 全部、専門店で買ったもんだと思ってた……」
極端な落ち込み方をする耀太と入れ替わるように、委員長が水を飲みつつ、手を上げた。
「一人暮らしって、本当? でも、お弁当持ってきてたじゃん」
「うん。人間は僕しかいないよ。さっき、ハチがいってた15年前の地震で両親は亡くなってて。お弁当もヤスコさんが作ってくれてるんだ。でも、みんなの家にもいるでしょ、家事ロボット」
「確かにいるけど、掃除しかさせてない。ね、レイ?」
「うん、そうね。掃除だけね。いっつもデリバリが多いわ。ちなみミドちゃんは南屋の大辛カレーが好きよ」
「レイ、いいから、そういうの」
「えー……いいなー、マジ。優ちゃん家、また泊まりに行こーかなー」
「何でそうなるんだよ」
僕は棚にあったリュックにレーションと水を詰めつつ、耀太にも水を手渡してやる。
渡した側から飲み出した耀太にもう一本渡して、委員長にも水を差し出した。
「ね、何で二人って仲いいの?」
水を受け取りながらの質問に、僕と耀太は目を合わせる。
「だって、大久保くんは優羽ちゃんって呼ぶし、服部くんも耀太って呼び捨てでしょ?」
ナーガを首に巻きつけたモフモフさんが胸を張って現れた。
ナーガはすでに眠っているのか、微動だにしないため、まるで細いマフラーのようだ。
「耀太さんと7代目は、幼馴染ですからね。幼稚園から一緒なのです」
「猫と俺もいっしょだけどな」
寝ていると思ったナーガが目をつむったまま、しゅるりと舌をだして、付け足した。
モフモフさんはナーガの頭を撫でつつ、またマップ整理の作業へ戻っていく。
「へー……」
委員長の声のテンションが低い。
意外だ。と顔に書いてあるのも読める。
それもそうだ。
陽キャ代表の耀太と、陰キャ代表の僕が子どものころから友だちなんて、不釣り合いに感じてもしかがたない。
僕は無の心でその視線を受け止めていると、
「うらやましい?」
耀太が僕の首に腕を回して言った。
まさかの言葉に驚きながら、僕は耀太の腕から頭を抜いた。
「だから、こういうの、暑苦しいってばさぁ」
「いいじゃん、優羽ちゃん、体温低いからなんか涼しいんだよね」
「僕、ナーガじゃないし」
睨む僕に、耀太はケラケラ笑いだす。
それを見て委員長は、小さく「うん」と返事をした。
羨ましい、ということだ。
意外な返答に僕が驚いていると、耀太が身を乗り出してしゃべりだす。
「なら、オレらのこと、くん呼びやめてさ、名前で呼んだらいいじゃん」
その提案に、過剰なまでに委員長は反応する。
裏返った声で言ったのは、「ありえないし!」だ。
「何でそうなるの? はぁ?」
「親しい感じ出ると思うんだけどな。委員長、みんな位分け隔てなく苗字呼びだし」
「そりゃそうじゃない」
そう言って、委員長は小さな声で「……そうじゃない」と、繰り返す。
「僕は委員長って、一応、あだ名のつもりで呼んでるから、委員長も、なんだろ、好きに呼んでよ。それとも、僕らも委員長を名前で呼ぶとか?」
「ミドちゃんとかの方がいいのかな?」
耀太の声に、大袈裟に首を横に振る。
「ダメ。それはダメ。絶対にダメ!」
ハチの画面からまた警報が響いた。
遅れてこの部屋の階層マップも警報ポイントが反映される。
赤いランプに染まった部屋の画面が、大きく開いた。
『また、増えた。ちょっと急いでもらえる。あんまりよくない速度だ』
僕はレーションを口に放り込み立ち上がる。
手にはさっき詰めておいたリュックがある。
「……さ、モフさん、行こう」
「はい、7代目!」
動き出した僕らを追いかけようと、耀太と委員長も立ち上がるが、僕の動きに戸惑いがある。
半歩遅れて動き出した二人は、立ち上がるも、ここまでくるのに時間がかかる。
僕はドア側、二人は大きなテーブルを挟んで向こう側だからだ。
「15、ふたりをキャッチして!」
『ハイヨ』
僕の声かけ通り、15はタイヤを鳴らしながらくるりと回り込み、耀太と委員長の手首をつかんだ。
二人は動こうと踏ん張るも、びくともしない。
「ちょっと、15、離してって! こんなの合理的じゃないっ!」
「オレたち、服部、助ける、わかる!?」
『ハットリ、キャッチ、メイレイ』
耀太が蹴ってもびくともしないのを確認し、僕は改めて指示を出し直した。
「15、ハチのところに連れて行って。一番、あそこが安全だから。あとハチ、敵の配置状況をモフさんに送って」
『任せて。ナビ情報、今送るわ』
僕は開いたドアから振り返る。
顔を真っ赤にした二人が僕を睨んでいる。
「ハチの場所で待っててね」
巻き込まないで済むと安堵する僕をよそに、
「みんなで行った方が合理的なんだけどっ! レイもちょっと手伝ってよ」
その命令に、レイは動かない。
導き出したシミュレーション確率は、AIの行動判断の基準になるため、危険度がかなり高いと判断したのだろう。
「優羽ちゃんのわからず屋!」
「ナーガも言ってたでしょ? 僕は耀太に怪我、してほしくない」
「ナーガ、優ちゃん噛んで、痺れさせて!」
「そりゃできねぇお願いだな。お前が助かる確率が上がる方を、俺は選ぶ」
僕は叫ぶ二人を無視し、僕はリュックを背負い直す。
踏み出した背に、
「もう、絶交だから、優羽ちゃんっ!」
小学の時に耀太から言われた言葉だ。
そう言っても構ってくれていた耀太なのに、僕は、また言わせてしまった。
でも、二人に、こんなことさせたくない。
きっと、これはとても危険だ。
両親も、きっと……
「──ごめん、耀太、委員長」
僕は走る。
一歩でも前へ、一秒でも早く、二人から離れて、次の階層へ行こう。
もう、迷わないで済むように──
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