第8話 僕の選択肢
15についていくが、バタバタギュルギュルと走り回るデバイスたちが横を過ぎていく。
それを不思議そうに見ていると、15が僕に光で話しかけてきた。
視線を合わせると、T字の廊下をカクンと右に曲がる。
『ハイブリッドネオ、カラ、ソナエル』
15が教えてくれるが、新しい単語だ。
「ハイブリッドにネオがついてる。モフモフさん、ネオってわかる?」
「ネオは聞いたことがありません」
15は廊下の途中で立ち止まり、左の壁をスキャンした。
とたん、壁ががちりと金属の外れる音がして、ガチャンと下へ壁が落ちていく。
『ココカラ、イドウ』
漆黒といってもいいトンネルだが、15がガラガラとキャタピラを鳴らして入っていくと、落ちてきたときと同じ緑色の光が点っていく。
薄暗い通路は少し埃っぽい。長い間、封鎖されていた空気の澱みがある。
だが、すぐに換気がはじまった。足元付近の換気口から唸り声に似た音がしだしたからだ。
『ハイブリッドネオ、ウイルス、カカッタデバイス。トテモキケン』
「それ、たくさんいる場所があるって、ハチが言ってた気がする。レイ、検索して」
「……あったわ。『……第3層は旧研究エリアでハイブリッドネオの巣窟』……あら、いってるわね」
ハチの声を再生したレイが、委員長の肩にとまって、毛繕いをしながら首をかしげた。
それは疑問ではなく、鳥らしいしぐさの一つのようだ。
「なんか危険そうね。このまま探索し続けるのは、あまり得策じゃなさそ。帰り支度しなきゃ、ミドちゃん」
人ごとのように言うレイだが、確かにそう考える方が委員長の口癖通り、合理的かもしれない。
「モフさんはどう?」
「わたしは……」
モフモフさんは口を小さくすぼめた。
握って歩くモフモフさんの手は少ししっとりしていて、肉球から汗が出ている。緊張しているからのようにも思う。
「わたしが、できないデバイスのせいで、申し訳ないです……」
僕は「よいしょ」と声をだしてモフモフさんを抱っこする。
ふわふわの毛がしわしわに萎れているぐらいの顔をしている。
「僕はそんなこと一つも思ってないから。大丈夫だから」
「わたしがもっと事前にお伝えしておけばよかったんです……」
向かいあうモフモフさんだけど、ずっと顔がしわくちゃだ。
もうしょっぱいを通り越して、苦悩の顔になっている。
その頭を少し背伸びをして優しくなでたのは、委員長だ。
「今回は、話さなかったことが、合理的に進んでると思う」
「しかし、委員長さん……」
「あのね、モフ猫ちゃん、もし、先に話していたらって仮定した場合、二人は学校に登校しない、と言う選択肢もあったわけでしょ? そうしたら、家からデバイスに襲われつづけて、ここまで辿り着くのは大変だったかも。私だって外に出たときに服部くんがいなかったら、この中に入れてないから、今頃大怪我していたかもしれない」
「……でも、でもですね」
またモフモフさんの頭がふわふわなでられた。
「だから、話してなかったことで選択肢が減って、ここまで安全に来れたの。話さなかったことが、今回は、結果をいい流れにしてる。さっき、服部くんも言ってたじゃない。順序なんか関係ないって」
モフモフさんはふわふわの手で片目ずつ抑えて、僕に頭を擦り寄せた。
「わたしは……わたしは、ここから、がんばります……っ!」
ふわふわの頭を抱えながら、「そうしようね」僕がこたえるけれど、「でもよ」とナーガが続いた。
「で、お前はこのままデバイスを止めに行くのかよ。そこの鳥の言うとおり、帰る方がいいんじゃねーのか?」
「なんでナーガはそう思うわけ?」
指でつつく耀太を牙で牽制しながら、ぺろりと舌を出した。
「単純に確率よ。未知数なことが多すぎる。お前も大怪我するかもしれねー。例えば、選手生命に関わることとか。委員長だって、怪我で出席単位が足りなくて、ストレートに人生が進めなくなる可能性もある。優、お前なんて、ここの二人より、もっと危険で、もっと不幸になる確率が高い。ちがうか?」
冷静な分析だ。
最悪な言葉を使わなくとも、僕らのすぐ先の未来がどれほど危うい状況なのかを示している。
僕も歩き、進みながら考えていた。
帰るべきか、否か。
モフモフさんはこの件に関しては、帰る選択肢はない。
ここを止めるためのプログラムが組まれているからだ。
まだ困った顔のモフモフさんを見ていると、モフモフさんを膝に乗せながら縁側に座る祖父がふわりと蘇る。
僕が、何かをやりたくないと駄々をこねたときの祖父だ──
『それは、〝やらないといけないこと〟なのか、〝やらないと決めたこと〟なのか、どっちだ?』
これは、子どものころに、実は決めていた。
戦隊シリーズにハマっていた頃だったのもあるけれど……
・やらないといけないこと→ まもりたいときに にげないこと
・やらないときめたこと → きずつけないこと
紙に書いて、壁に貼っていた僕は、それだけで何かになれた気がしていたっけ。
……確かに帰るのは、簡単かもしれない。
だけれど、まだ地上が混乱しているのなら、ここの方が安全という可能性もある。
ここで僕が残れば、みんなを守れる。
だからこそ──
『ツイタ』
15が開いた扉は、今度はバルブのようなものがついていて、スキャンされると手形が現れる。
『ハットリ、アケテ』
僕が手をかざすと、バルブが自動で回転し、扉が開いていく。
部屋の中は真っ白で、かなり広い。
壁にはベッドが3台ずつ嵌め込まれ、中央の壁に簡易洗面台、トイレ、シャワー室が並ぶ。
部屋の中心には大きなテーブルがあり、作戦テーブルになっているようだ。
現在の研究所の階層図が3Dで表示され、侵入者は赤い点で下の階層にいるのがわかる。
ちなみに僕らは緑色の点だ。そこには15の数字があることから、ハチの場所は8の数字の場所だろう。彼女の部屋は少し上の階の、中央に位置しいているようだ。
ここは拠点となり得る重要な部屋になる。
大切に使わなければ。
レイがぐるりと部屋をサーチしだした。
危険物や何か潜んでいないか確認するためだ。
すぐに委員長の肩にとまり、羽の乱れを整えながら、
「盗聴器や盗撮カメラとかはないわ。ドアの天井の球体が監視カメラになるみたい。ミドちゃん、おトイレとか大丈夫かしら?」
「レイ、サーチ、ありがと。あと、そういうの大丈夫だっていってるじゃん……」
恥ずかしそうにため息をつく委員長の横で、近くの椅子に腰をかけた耀太が両腕をぐんと伸ばしてから椅子をくるくる回して遊んでいる。
「部屋キレイでいいねー。意外と座り心地いいー! これ、よく回るわー!」
「……キレイで、イスが回ってよかったな」
ナーガは耀太の遊びに巻き込まれないよう、少し離れた戸棚の方に移動するようだ。
モフモフさんは僕から離れ、壁際の装置を操作しはじめた。
よく見ると、フード自販機に似た形をしている。
モフモフさんはそこに独自のコードを打ち込み、作動させた。
「……ふう。今、簡易フードを作成しています。水の生成もしているのでもう少し待っててくださいね」
「ありがと、モフさん」
15は次の指示を待っているのか、閉まった扉の横で待機中だ。
僕はテーブルの上に表示された階層図を指で突いた。
ぎゅるんと動く。
指の感触はないが、画面が動くと、そういう感触がする気がするのが面白い。
僕はその階層図を回転させて、じっくり確認していくことにした。
現在地と、下層までの順路をまずは調べていく。
円錐型の回廊だと勝手にイメージしていたが、いくつか分岐点もあり、一本間違えば、遠回りになるルートもある。
結構面倒な作りになっている。
目覚めたことで、と、ハチが言っていた。
何らかの意識の作用もあるのかもしれない。
「……モフさん、この階層図、ダウンロードしてくれる? 歩きながらの出力は可能?」
「……え、あ、はい! もちろんです。ちゃんとわたし、案内できますよっ」
テキパキと準備を進めるモフモフさんを抱き上げたのは耀太だ。
もだもだと足を揺らしながら、ぐっと顔を見上げるモフさんを無視し、耀太はじっと僕を見る。
「……優ちゃん、もう、決めたの……?」
「……うん、決めたよ」
僕は道順を頭に入れながら、デスクの上から携帯用の電子ボードを見つけた。
意外と何でもあるこの部屋に驚きながら、僕はそこにメモを書き込んでいく。
ルートの目印や、ルートの注意ポイントを見つけ、メモを取り、ルートを確認しながら、僕は言う。
「だから、耀太と委員長は待ってて。ね?」
メモを書き終え、振り返った僕が見たのは、耀太と委員長の怒りに満ちた尖った目と、見えないはずのツノだった──
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