第31話 提案

「一緒にお弁当食べよー!!」


 4限目の数学が終わるのと同時に夏鈴が笑顔を振りまきながらやって来た。

 授業中爆睡していたクセに元気だな、おい。

 ──先約がいるわけでもないので断る理由は無いのだが。


「いいよ」


「やったー!」


 夏鈴は俺の前の席から椅子を引っ張り、机を挟んで反対側に座る。

 俺は鞄の底で眠っている昨晩の残りを適当に詰めただけの弁当を探していると、夏鈴とは別の声に話しかけられた。


「隼人、俺達も混ぜてくれないか?」


「そうだー。混ぜろー」


 夏鈴ほど元気ではないが敬太と煌星がニヤニヤと癪に障る笑みを浮かべながらやって来た。


「いい──」


 いいよ、と言いかけるが慌てて口を塞ぐ。目の前に真顔で座っている夏鈴に軽く脛を蹴られた。

 2人にバレないようにそちらにこっそり視線を向けると、彼女の口が小さく開かれた。


「(嫌だ)」


 声だけでは分からなかったが口の形もあって理解する事が出来た。


「えっと……夏鈴はどうかな?」


「いいわ」


 どっちなんだよォーーーーーー!!!!さっきと言ってる事が違ぇじゃねぇかよ!

 思わず夏鈴の目を凝視してしまう。だが彼女の真顔は緩む事がなかった。


「なら、いい──」


「(絶対に嫌)」


 いいのか嫌なのかをはっきりしてくれ。よもや俺を混乱させて困らせるという打算か?

 もう知らないからな!この2人誘うからな!

 心の中でそう叫び、俺は口を開いた。


「夏鈴もいいって言っているからいいよ。4人だから周りの机も繋げよう」


 どうだ!意見をしっかり伝えないとこうなるんだ。

 横目に夏鈴の表情を伺うと、死んだ魚の目をしているのが目に見えて分かった。

 男子とは自分から進んで話す姿を見てこなかったので、何となく苦手意識があることは知っていたけれどここまでだったとは。少し酷い事をしたかな。


「ありがとう」


「さんきゅーな」


 2人してニコニコと笑っていて少し気味が悪く思う。


「あと少しで中間テストだな」


 ふと敬太が呟いたその言葉に俺の箸は止まる。

 忘れていた……先輩を悲しみのどん底まで突き落としたという地獄のテストの存在を。

 少し前に担任が4日間で11教科あると言っていたな。生きていられるか心配だ。


「隼人、勉強苦手なんだっけ?」


「超苦手、しなくて済むなら勉強なんてしねー」


「あはは。勉強が苦手なのに、よくこの学校に入学できたね」


「それは頑張ったからな」


 ちなみに俺達の通うこの高校は進学を目指す人の集まる私立高校なので、ある程度の学力が無ければ入学出来ないのだ。

 俺は設備に惹かれてここを選んだのだが、授業の難易度が中学の頃と比べ物にならないくらい高い。

 少しでも気を抜けば一瞬で置いていかれる、と嫌でも分かってしまう。


「夏目さんは勉強得意なんですか?」


 敬太が恐る恐る聞いたが夏鈴は黙秘権を行使している。

 その対応はあからさますぎないか?

 流石の敬太でも顔を曇らせて俯いている。

 俺達の間に沈黙が流れ、とてつもない気まづさに襲われる。


「──か、夏鈴は授業中は寝てるけれど、学力はトップクラスだぞ」


「そうだったんだ。すごいな……俺は全然勉強できないからなー」


「基礎を積んでいけば得意になるわ」


 誉められて少しいい気になった夏鈴は少し口の端を上げながら言った。分かりやすく、ふん、と鼻を鳴らしながら。

 その様子を微笑みながら眺めていた煌星は一つの提案を持ち出した。


「せっかくだからさ、テストの点数を競わないか?」


「うわっ自分は勉強得意かもしれないけれど、俺と隼人にとっては負け戦に挑むだけじゃないか」


「敬太ならそう言うと思ったよ。そこでこういうのはどうだ──2人1組でチームになって、そのチームの合計点で競うっていうのはどうだ?」


「それならいい……ぜ?」


 敬太が了承したのはきっと夏鈴とチームになる可能性を見越しての事だろう。それなら俺も参加しないとだな。


「俺もいいよ。夏鈴は……いいか?」


「楽しそうだね。私もいいよ」


 なんだ乗り気じゃないか。

 あとは俺が煌星とチームになればいいんだな。


「煌星、俺とチームに──」


「──隼人は夏目さんとチームな。敬太は俺とだ、夏目さんはそれでいい?」


「うん。いいね」


 煌星、空気を読めよ!ほら見てみろ、この敬太のがっかりした顔を。

 対して夏鈴は満足そうな笑みを浮かべている。

 仕方ないか。女誑しな癖を直さなかったことへのバチが当たったということだろう。


 とにかく勝負に勝つために俺に出来る事は全てやり遂げてやる。

 俺はとてつもないやる気に満ちていた。

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