第30話 思わぬ邪魔が入る

「確かに隼人の言うことは正しいね。でもね、まだ1つ聞いてない事があるんじゃないかな?」


 ぽつりと吐かれたその優しい声に、クラス中の視線が集まる。

 発言した彼は、いいんちょーこと伊集院煌星いじゅういんこうせい。どこかの有名な旧財閥企業の跡取りだとか。

 物心のついた時から厳しい教育を受けてきたらしく、特待生候補としてクラス中で騒がれていたのもまだ記憶に新しい。


 敬太を納得させる事により、せっかく話題が消えそうだったというのに煌星ってやつは……


「なんだ、いいんちょー。隼人はキスしてなかったんだろ。だったらいいじゃんか」


「なら敬太は隼人が綺麗な先輩とデートしている所を見かけても何も思わないのかな」


「「「「「あっ」」」」」


 忘れていた、と頷くクラスメイトを見て煌星はしてやったりの表情を浮かべる。

 俺は表向きには出さないが内心頭を抱えて喚き散らしている。

 煌星……呪う。


「この美人は誰だ!教えろ!」


 見事に手のひら返しした敬太は怒るような口調で聞き迫ってくる。

「少し待て」と彼の動きを両手で静止させようとするが、軽くはたかれて失敗に終わる。

 隠したところで噂は変な情報がついて広まっていくので、俺はしっかりと説明するつもりだが心の準備ってもんが必要なんだよ。


「わ、分かった!説明する」


 徐々に詰め寄ってくるクラスメイト達からの圧に、精神的にも物理的にも押しつぶされそうになり思わず口走る。

 彼らの足が止まるのを見て、1度だけ大きな深呼吸をする。

 ──うん、バッチリだ。


「その人は青羽瑠璃。俺の姉さんだ」


「隼人に姉なんていたか?」


 さすが敬太。お前とは夏鈴の次に長い付き合いだから気づくと思ったぜ。

 でも甘いな。俺は敬太でさえ話していない事があるんだ。


「敬太は俺の母さんを見た事が無かったよな」


「え……あ、ああ」


 反応からして離婚していた事はバレていたようだな。

 しかしそれを事実として口に出さなければ嘘を事実にだって出来るんだ。


「母さんは仕事の事情で姉さんと一緒に、別のところで暮らしていたんだよ。でも事業が成功したらしくて帰ってきた。たったそれだけだよ」


「そうだったのか。その……帰ってきて良かったな」


 実の母が帰ってくるのは絶対に嫌だ。何されるか分かったもんじゃない。

 でもみんな納得したようで「美人な姉がいていいなー」などと呑気な事を口にしながら散り散りになっていった。


 俺が自分の席に戻ろうとした時、ふと夏鈴と目が合った。

 ある程度の事を知っているからか、それで良かったの、と目で訴えている。


 出来ることならあの人の事を思い出したくもないのだが、背に腹はかえられない。

 姉さんは実の姉ではなくて義姉弟だと言うことをカミングアウトすると、羨望の眼差しを飽きるほど浴びる事になるだろう。

 俺は自分が嫌な思いをするよりも、俺のせいで周りの大切な人が嫌な思いをする事が何よりも苦しいのでこれで良かったんだ。


 教室の至る所から「美人で優しい姉が欲しい」だとか、「シスコンじゃねぇかよw」と言う声が聞こえてくるが、Bluetoothの繋がっていないワイヤレスイヤホンを耳に差し込んで聞こえていない振りをする。


 毎日が刺激に溢れている高校1年生にとっては、今日の事などすぐに忘れ去られるだろう。

 クラスメイトも嫌な奴の集まりでもなく、慈愛に満ちた人ばかりなのでなんの問題もない。


「おはよ〜」


 俺の周りに人が居ないタイミングを見計らって、夏鈴がこちらに歩み寄ってくる。


「おはよ。ゴールデンウィークは遊びに誘ってくれてありがとな」


「遊びじゃなくてデートね」


 どっちでもいいだろ、という反応は受け付けていないようで、1度口にしてみるが見事にシカトされた。

 昔から夏鈴は自分に都合の悪い話をすると聞こえない振りをするんだ。

 相変わらずだな、と俺が微笑みを浮かべていると彼女はきょとんと、不思議そうに首を傾げた。


「そういえばあれから天気悪くなったが大丈夫だったか?」


 雨だけに限らず激しい落雷。おまけに風も強かったな。

 無事に帰れたのならば良いのだが。


「ギリギリ大丈夫だった!私が家に入った瞬間、外から雨の音が聞こえたよ」


「良かった。そうか、夏鈴は晴れ女だったんだな。遊ん──じゃなくてデートの時も晴れていたからな」


「ふふん。なかなか分かっているじゃん。『デート』じゃなくて、『遊び』って答えたらぶち飛ばすところだったよ」


 怖っ……。

 だんだん夏鈴の化けの皮が向けてきているので、これまで以上に学内でも心配していこうと思った。


 目の前で夏鈴はニヤニヤと笑っているが、俺の心の中の失礼な言葉も理解していないようだった。

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