カルナの章・後編
第20話 ブリッジ訪問
NPCは人員の増強が必要な状況に陥っていた。ナスターシャの人口増加に伴う犯罪の増加傾向に加え、今回のNPC本社襲撃による人的被害が重なったためだ。
警備隊長のケビン・ソールが治療後に引退し、警備隊副隊長のマキシマ・オズマが殉職。その後任には、ノーザンバウでの活躍が認められたチャック・バルボアが警備隊長に抜擢された。
そして私は警備隊への異動を命じられた。
ミリアは回復したものの、心因的後遺症により退職した。同様の理由で退職する社員は少なくなかった。
ダグス社長は何とか予算を捻出して人材確保に動いたが、組織の立て直しには時間がかかりそうだった。
そのため、警備隊の隊員も待機時には刑事部での行動をすることになった。
私はアグライアと行動を共にすることになった。最初の任務として、ラムダイージスとキーの返却が与えられた。
この返却任務について、マニューバは私を指名してきた。ストライカーを400人も葬った件が関係しているのだろうか?
◇◆◇
返却品をケースに入れ、アグライアの運転する装甲車でセントラルタワーへ向かう。中央エレベーターで最下層を超え、メインキールのファイナル・インターセクションまで降りていく。
二度の厳重な検問を通過し、十キロのトンネルを進んでブリッジボトムの駐車場に到着した。ケースはアグライアに持たせて玄関口へ行く。
「あのー、わたくし今日はずっと、あなたの小間使いみたいになっているのですけれど……だいたいわたくしのほうが、あなたよりも十も年上ですのよ」とアグライア。
「それは私が先輩だからよ」
「ですから、わたくしこの状況を打破するためにも、昇進試験を受けようと思いますの」
「三年も刑事やってて、やっとそこに気が付いたのね」
「これも心機一転というものです。色も変えたのでありますし」
「それは楽しみね。でも私も昇進するつもりだから」
「見ていてくださいな。わたくしもバルボアさんのように二段跳びの出世をしてみせますから」
エントランスに入ると、受付の無人格ロボに要件を伝えた。ケースはここで引き取るという返事だった。
「なんだ、結構簡単なお使いだったわ」とアグライアに目配せする。
アグライアはケースをカウンターに置いた。
その時、無人格ロボが優しい口調で『しばらくお待ちください。しばらくお待ちください』と話しかけてきた。『面会を執り行います』
「面会? 誰と?」
『お会いになり、ご確認ください。案内いたします』
と言って、受付ロボがスーッと浮かび上がり、エレベーターホールへと進み始めた。
「拒否権はなさそうですわね」とアグライアが首を傾げながら言う。乗り込んだエレベーターは上へと昇っていく。ゴルディロックスの船首から突き出たブリッジ——その聖域の内部へと私たちは向かっていく。
私たちは白い壁に囲まれた簡素な部屋に通された。椅子とテーブルが置かれているだけの部屋で、電波などの外部との通信手段は遮断されているようだ。
そこで30分ほど待った後、私だけが呼び出され、別室へと案内された。
通された広い部屋は、まるで校長室のような雰囲気だった。大きな書斎机の向こう側には、白髪長く、顎髭も豊かで温和そうな老人が座っていた。
背後の大きな窓からは星空が見える。それはホテル・ノーザンバウから見た星空と同じだが、そこからは見えたブリッジがここからは見えない。ここがブリッジそのものだからだ。
ヒューマン信仰プログラムがないというのに、なぜか緊張してしまう。
「よく来たね。こちらに来なさい、グリーンウッド君」
言われて部屋の中央に進む。椅子は置かれていない。まるで王への謁見のようだ。ひざまずくべきだろうか?
「予はメサイアじゃ。
チーフオフィサーと言うのはかなり偉い人なのだろうか?
「おぬしが、ストライカー400人を殺した者かね。聞いてはいたが、こんなに若いとは……」
「市民を守るためでした」と答える。
「さて、今回はラムダイージスとラムダキーを返してもらった。本来はストライカーを鎮圧するための道具だったはずなのに、皮肉にも大量のストライカーを殺すことになってしまった」
「場所を特定されて襲撃を受け、奪われてしまいました。敵はラムダキーの存在を知っていて、その使い方まで把握した上で行動を起こしたのです」……結局、そちらの情報漏えいが原因なのでは?
「でじゃ、おぬしを呼んだのは、まずはこれじゃ」と言って、メサイアは引き出しからある物を取り出した。
それは……今日返却したばかりのラムダキーだ。
「君たちにストライカーへの抑止力がなければ、治安維持も難しいからな。これはストライカーのラムダシールドを無効化して切り裂けるショートソードとして、より扱いやすく調整した。名前も変える。その名もラムダパニッシャーじゃ」と、メサイアは言う。
「これをNPCに使わせていただけるですか?」
「いや、グリーンウッド君。おぬしが使うのじゃ。おぬしの脳の中にあるインプラントデバイスのシリアルナンバーを鍵にしておる。だからおぬしにしか使えない」とメサイアはにこやかにラムダパニッシャーを差し出す。
なるほど、前室で待たされていたのはインプラントチェックのためだったというわけか。
だけど、私のデバイスはヴァルトが作ったSデバイス――mk3だ。これはありきたりなデバイスに偽装されているから、気付かれるはずがない。
ただし懸念点が一つ。Sデバイスはどれも同じシリアルナンバーのはずということだ。
「……拝受いたします」と言って受け取った。
ここで引き下がるわけにはいかない。相手がマニューバであり、チーフオフィサーならなおさらだ。
私はまだ日本に帰ることをあきらめてはいない。
「おぬしは本当に13歳なのかね?」
「はい、そうです」
「そうか……若いねぇ、信じられん」と、メサイアは感嘆したように言った。
するとメサイアは突然椅子から立ち上がり、「しかし、君に来てもらった本題はここからじゃ」と言った。
「な、なんでしょう?」ラムダパニッシャーの引き渡しより重要な案件が?
「おぬしの正体はわかっておるよ……ゲッカ君!」とメサイアは私をにらみつけた。
「な……なんでその名を!?」
全身に鳥肌が立つ。私の本当の名を知っているなんて!
「マニューバは宇宙の理の探究者! 知らないことなど無いのじゃ!」とメサイアは立ち上がり、魔法使いのように右手を振り上げると、それに呼応して数々のスクリーンが現れ、絵を映し出した。
それらはすべて白黒の色合いで、絵ではなく文字だった。最初のスクリーンには『花鳥風月』という文字が浮かび上がっている。
間違いなく私が五歳の時に、前世の名で書いた書だ。
「ああっ!」思わず素っ頓狂な声が出た。「そっちかぁー!」
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