第21話 ワープのずれ

「知らないことなど無い!……などと啖呵を切ったものの、正直に言えば、ゲッカは253年の大襲撃の際に亡くなったと思われていたのだ」


 彼は座り直すと、コホンと咳をした。


「ゲッカのデバイス情報を掘り出したのはほんの一年前じゃ。その時から全スターシャ市民のデータを照合し、ようやくグリーンウッドの名を持つおぬしが浮かび上がってきたのじゃ。そして先ほどのインプラントチェックで確信した――おぬしこそが絵の作者じゃ」


 なんてこと! あの時の活動がこんな形で再び浮上するなんて……でもこれはチャンスだわ。


 メサイアはタブレットを取り出した。「早速だが、これに一つ描いてくれないかの?」


「いいでしょう。私の質問に答えていただければ、一つの答えにつき一枚描きますわ」


「おおっ! それならどんどん質問しておくれ」


「では……」何から質問しようか?


「プロジェクト・ゴルディロックスとはなんですか?」


「千年計画のことじゃな? 簡単な話じゃよ。千年かけて銀河系を一周しようという計画じゃ」


「銀河を一周回る計画? それは軍事的な事ですか?」


「いや、探検的のものじゃ。もう少し詳しく言うとじゃな。銀河系ゴルディロックスゾーン、つまり銀河系における太陽系の公転軌道を通って銀河を周回し、その航程にある星々の惑星系ゴルディロックスゾーンを調査することじゃ」と、メサイアは得意げに言う。


「ゴルディロックスゾーンとは生命が存在しうる環境帯のことじゃぞ。そしてこの計画の山場は銀河系の反対側、地球からは観測できない銀河中心核の向こう側を観測しに行くことじゃ」


「ゴルディロックス・ゾーンを調査するために造られた船……」


「そう! それこそが、銀河探査船ゴルディロックスじゃ」


 ……銀河の裏側を見に行く。それを実現させるためにどれだけの執念が必要だったのだろう。


 私はタブレットに一筆書いてメサイアに渡した「『星河一天セイガイッテン』です。この絵に銀河を感じてください」


「おお、これじゃこれ。腕は鈍っておらんようじゃの! 確かに銀河を感じるぞ!」


「では次ですが」と私は改めて、「実は私は千二百年前の地球から転生してきたのです」と真面目に告白した。


「それはまた突飛な話じゃのう……」とメサイア。


「私は当時の地球に帰りたい。なにか方法はありませんか?」


「……」メサイアは口に手を当てて俯いた。テンションが落ちた? いや、妙に緊張しているかのようだ。


「おぬしはゴルディロックスが今、どこにいるのか知っておるか?」とメサイアは言った。


「地球から十二回ワープして四万光年航行していると聞きましたが」


「ほう……誰からそれを聞いたのじゃ?」とメサイア。今度は緊張が解けている感じだ。


「ヘルマン・ヴァルトです。ノーザンバウ事件の主犯」


「なるほどのう。奴はマニューバにいた時は貴重なラムダファージ検体を好き勝手に消費した挙句、民間人を誘拐しては人体実験を繰り返した男じゃ。マニューバから抜けたいと考えていたようだから、これ幸いと追い出してやった」


 私は下唇を噛んだ。あいつのやったことを想像するとゾッとする……


「だから奴は航宙計画にはかかわっていない。しかも出ていったのは十五年前だから第十一次ドライブワープまでの情報しか知らんはず。だがそれでも、その概算は間違っていないかもしれんがな。その第十一次ドライブワープ時点での地球との直線距離は三万七千光年になるのじゃ」


「『胡馬北風コバホクフー』です」と言って書を渡しながら「それで、戻れるのですか?」と聞く。

「答える前に言っておきたいことがある。予は噓をつくのは嫌いじゃ、そして恥をかくのも嫌じゃ。それを踏まえてほしいぞ」


 自分が不利になる発言はしないという事ね……


 メサイアは続けた。「戻れなくは無いぞ。まずはおぬしがどうやってここに来たのか考えることじゃ。そうすればおのずと帰り方もわかるはずじゃ」


「なんだか謎かけみたいですわ」


「至極まっとうな答だと思うのじゃが……とにかく、どうやって来たかがわかってからじゃ。そうしたらそれに合わせて支援してやろうぞ」


 やっぱり何かを隠している気がする……


「さて、この辺で終わりにしようかの。最後に質問があるかね?」とメサイアが切り上げようとする。「銀河の構造解析がどこまで進んでいるかとか、聞きたくないかね?」


 最後の質問? 何を聞けばいいだろうか?


 いや、ここまでの会話で思うことがある。


「第十二次ドライブワープで何があったのですか?」


「ど、どうしてそんな事を!」メサイアの顔色が変わった。


「いえ、先程妙にごまかされた気がしたので」


「う、しまった……」メサイアはハンカチを取り出して額を拭った。


「答えてください」


「第十二次ドライブワープは従来とは異なる特殊なワープでな、これさえ成功すれば千年計画を前倒しできる可能性があるとされたワープじゃ。何十年もの準備期間を経て、ついに実行されたのじゃが……」


「失敗したと?」


「ワープの失敗はマニューバの恥。ぜひ内密にしてもらいたい」


「どんな失敗だったんですか?」


「……位置が二光年半ずれていた……ワープゲートに入る前の測定では問題なかったのじゃが、ワープゲートを出た時、星々を観測すると二光年半のずれがあることに気が付いたのじゃ。嘘は言ってないぞ」


「そんな……」と思ったが、正直二光年半が大きいミスなのか小さな誤差なのかよくわからない。


 私は「『百折不撓 ヒャクセツフトウ』です」と言って、最後の書をメサイアに渡す。


「さて、その二光年半のずれが何を意味するのかはわかったら、またここに来るのじゃ」

 と言ってメサイアは名詞のようなカードを渡してくれた。


 そのカードには四角の絵が書かれている。その絵をしげしげと見つめた。その絵の中はマトリクス状の模様になっており、その四角の絵の三隅には小さい四角のマークが書かれている。


「これは!」思わず叫んでしまう。


「それは紀元前の遺物で二次元コードと呼んでおる」と、メサイア。


「QRコード! この宇宙の果てにまだ残っていたなんて……」


「はっはっは、そういえば千年前から来たという話じゃったの。とにかく、このコードを使えば一回だけここまで来ることができる。まぁ実際会えるかは予の気分次第だがのぅ」


  

 ◇◆◇

  


 待合室でアグライアが待っていた。


「待たせたわね、アグライア。退屈したでしょう?」


「ここへ来たのは初めてでしたから、それほど退屈はしませんでしたわ。カルナさんはどなたと、どのようなお話をしていらっしゃったのかしら?」


「一等航宙士のクリス・メサイアと言う人」と言って、アグライアに簡潔に説明した。ただし転生の部分は省いた。


 私はアグライアに転生のことを話していなかった。ダグス社長には話したことがあるが真面目には取り合ってくれなかった。なので、アグライアにも話さないことにしている。

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