第12話 アグライア

 航星暦258年。カルナ10歳。身長140センチぐらい。


 もう少しで成人バイオロイドと言っても通るような身体つきになってきた。


 私はNPC社員寮の自室で次の階級へ向けての勉強をしていた。とは言えそれも限界な気がする。


 刑法だの法律だのこれ以上勉強に費やしても意味は無い。次の階級へ進むのに必要なものは実績だった。


「カルナ、社長が刑事部で呼んでいるわよ」と、ルームメイトのミリア・ローテスが私を呼びに来た。


 ミリアは刑事部に所属するバイオロイドの女の子で十六歳、少し釣り目で耳が上向きに尖っている。


 NPCには『人のためになる仕事がしたい』と思って入社したそうだ。


「わざわざ人をよこして呼びつけるなんて、よっぽど重要な事なんでしょうね?」と言ったけども、気晴らしにミリアと一緒に刑事部へ向かうことにした。


「カルナは、ティーカップさんの事を知ってる? 今度入ってきた新人さんなんだけど……」と、ミリアが聞いてきた。


「ティーカップ? 知らないわ。変わった名前ね」


「あ、ティーカップというのはわたしたちが勝手につけたニックネームなんだ。本当の名前はアグライアさん。とても奇麗なアンドロイドさんなの」


 そんな情報は私にも入ってきそうなものだけど……


 私とミリアはエレベーターで昇って下層の寮ブロックから刑事部がある階に来た。


「社長。来たわよ」と言いつつ刑事部に入る。


 刑事部には今は養父であるダグス社長と刑事の面々がいた。


 誰がティーカップかはすぐにわかった。


 彼女は女型アンドロイドでボディユニットがまるで白い陶磁器のようであり、体の各所が金色の模様で縁取られていた。


 なるほどティーカップを思わせる。


 身長は170センチ程、基本ドレッシータイプなのだが、腋や腰、膝の裏などの部分にメカっぽいパーツがあり、それらがイメージを若干スポーティに寄せている。


「来たなカルナ。彼女はこの度、我がNPC刑事部に入社したアグライア・エクセルシオール君だ」と、ダグス。「こいつは俺の娘のカルナだ。ここではオペレーターをしている」


 するとアグライアは私の前に進み出る


 握手でもするのかと思いきや、両手で私の両耳をビッと引っ張った。


「痛た! 何するの?」


 初対面でいきなり耳を引っ張るなんで失礼にも程がある!


「あら、ごめんなさい。あまりにも素敵なお耳で、つい触りたくなりましたですの」と、アグライアは言って元の位置に下がった。


「ちょっと、やめなさいよ! これでもカルナはあなたよりも先輩なんだよ」と、ミリアが咎める。


「まぁ、そうだったのですね」そう言うと、アグライアは私の頭から爪先までをジロジロと見た。


 そして、皆に向かって恭しくお辞儀をしながら、「改めまして、わたくしアグライア・エクセルシオールですわ。アグライアとお呼びいただいても構いませんですの」と言った。


 続けて、「出身はミシュートカ、グラニスタ警察学校卒業のアンドロイド、20歳ハタチでございますわ。どうぞ、よろしくお願いしますの」と挨拶した。


 皆は拍手で受け入れる。


「で……? 私はなぜ呼ばれたの?」と、私は耳を捻りながら言った。


「それは私から」と出てきたのはファッションとして眼鏡を付けているバイオロイド、刑事部部長レガシだ。


「今後カルナには、アグライアのお目付け役として捜査に動向してもらいたいのだ」


「はぇ?」と、アグライアが変な声を出す。


「そ……それは想定外、ではなくて……な、何をおっしゃっておりまするか! わたくしにお目付け役なんて! わたくしはグラニスタ首席でございますのよ!」


「君は新人なんだから単独で行動はさせないぞ」と、レガシ。


 おや? これは社長がくれたチャンスじゃないかしら。

 変わった人だけど、警察学校で首席だったのなら秀才のはず。彼女と組めばすぐに実績を積めるかもしれない。


「わかりましたわ。わたくしはこの子と組むことにいたしますわ」と納得いかなそうなアグライア。


「こほん」と、アグライアは人間のような咳払いの仕草をすると、「では、これからよろしくお願いいたしますわ。カルナさん」と今後こそは握手を求めてきた。


「ええ、よろしくね。ティーカップ」と答えて握手した。


  

 ◇◆◇

  


 アグライア・エクセルシオールはお嬢様である。


 彼女はあまり実家のことを話さないが、HOUSEでエクセルシオールを調べれば、ミシュートカのアンドロイド産業系コングロマリットのエクセルシオールの名前が出てくる。


 マニューバを除けばかなり高位である。


 そこの会長がアンドロイドのエドワード・エクセルシオールで、その息子はエクセルシオール学園を経営しているアルバートだ。

 その娘がアグライアらしい。


 彼女は父親が経営する学園の大学課程を卒業し、グラニスタ警察学校で一年学んでそのままナスターシャに来た。


 彼女は今20歳で年が合わないがどこかで飛び級したのだろう。


 アグライアのティーカップと揶揄される白いボディユニットは見た目だけでも大層高価な代物で、それゆえに脆いものだと思われていた。


 しかし、いくつかの捜査活動を経るにつけ警察業務にも十分耐え得うる強靭性を持っていることがわかった。


 このボディユニットと警察学校上がりの格闘術の組み合わせで、徒手空拳としゅくうけん同士ならストライカーをも制することが出来るのではないかとさえ噂されている。


「アグライアって、結構なお嬢様のようだけど……何故ナスターシャに来たの? 親の反対もあったでしょうに」と、直接アグライアに聞いてみた。


「まぁ……ミシュートカに居ましたらば何一つ不自由なく暮らせましたでしょうねぇ。社交界も楽しかったですし」と言って、アグライアは人の耳にあたる部分に人差し指をトントンと当てながら言った。


 大抵のアンドロイドには耳タブがない、それはゴルディロックスにある種族本質主義によるもので、容姿を人間に近づけすぎないようにしているのだ。


 ただし雌雄までも捨てるとジェンダー本質主義を持つマスカット思想とバッティングしてしまうのでバランスが大事になる。


 アグライアは耳も鼻も唇も無いが、シルエットは女性に見えるようになっている。


「そうですねぇ……。警察官としては治安が悪い方が、やりがいがあるのではないかと思いますのよ。あ、こちらは官ではなくて社員でしたわねぇ」


「治安のことを言うなら、ミハイルも酷いとおもうわ」


「いずれ行きたいと思っていますわ。警察が機能していないシティというのも見ておきたいですわね」


「それで親は納得しているの?」


「両親には婿殿を探すためと言ってありますわ」と、アグライアは言った。


 本気なのかしら? ずいぶん無理がある話に聞こえるけど。


「あのー……カルナさんは機動隊のオズマさんと懇意にしてますよねぇ?」


「えぇ、昔、助けてもらったから」


「ご紹介頂けますでしょうか? なるべく自然に」と、アグライアが照れた様な感じで言う。


 ちょっと驚いたけど「……いいわよ」と、答える。


 意外と正義感が強い感じの人が好みのようで。お嬢様ならもっと知的な感じのする……?


「でも、アグライアってよくグラース技師と会っているようだけど?」と、気になったので聞いてみた。


「あの方とはよく相談に乗ってもらっていますわ。とくに問題はありません」と、そっけない返事だった。


「……ところでカルナさんは運命というものを信じますかしら?」と唐突に、アグライアが聞いてきた。


「運命とは自分で決定するものだ! なんてね。なぜ?」


「いえ、何でもありませんわ。さてさて、長くおしゃべりしてるほど、暇ではありませんでしたわね」と、アグライアはその場を去ってしまった。

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