第11話 オペレーションルーム

「お嬢ちゃん、あんたの名前はなんだい?」


「私はカルナよ。あなたは?」


「俺はオズマだ。見ての通りタイタノイドだが、ストライカーじゃない。警察社員だ」と言って右肩を見せる。

 そこには『NPC』と書かれている。


 ナスターシャ警察会社——ナスターシャ・シティ最大の警察会社だ。


 NPCとは、私がチーム・ゴーストとして銀行を襲撃した際に遭遇している。その中には私の月下という名前を知る者がいた。


 右耳をつねってみる。確かに触感がある。


「ずいぶん落ち着いているじゃないか」と、オズマは言った。


「どこへ行くの? 近くのシェルターじゃないみたいだけど」


「このまま本社に直行させてもらう。そこの方が安全だからな」


 オズマはセントラルタワーを回り込み、南側の建物に入った。ここがNPC本社らしい。


 NPC本社のロビーには誰もいなかった。


 オズマは私を抱えたままロビーを抜けてエレベーターに乗り、下層へ降りていく。


 下層はシェルターになっているようで、その一角がオペレーションルームだった。


 室内は喧騒に満ちていた。


 オペレーションルームの向こう側の壁には三面の大型モニターがあり、その前に立体映像を表示するテーブルが設置されている。


 こちら側には三面モニターがよく見える位置に階段状の机が並び、そこにオペレーターらしき人々が座っている。


 オズマは空いているオペレーター席に私を座らせてくれた。


「カルナはここで待っているんだ」


 そう言ってオズマは中央のテーブルに向かった。


 そのテーブルでは口髭を生やしたヒューマノイドの男が指示をしている。


 その男がここの責任者のようだ。オズマは彼と話をしている。


 おそらくはグリーンウッドの惨状を報告しているのだろう。


 三面モニターを見るとそれぞれナスターシャ・シティの地図を映している。そこに記された光点を見ながらオペレーターたちの言葉を聞いた。


 あるオペレーターはストライカーにラムダファージ攻撃依頼をし、また別のオペレーターはNPC隊員に市民の避難誘導の指示を行っている。


 ……赤い点がラムダファージ、白い点が民間人、緑の点がストライカー、 黄色い点がNPC隊員。表示の意味はそんな所だろう。


 グリーンウッドはもう真っ赤になってる。そこをストライカーが取り囲んでいる。


 そして他のストライカーもグリーンウッドに集まろうとしている……


 戻ってきたオズマが私の目線を見て言った。


「NPCはストライカーたちに命令することが出来ない。だから、援助を依頼するしかないわけだが、依頼はマニューバからも出ているはず。結局、あいつらは一番うまみのある所に集まる」


 NPCの隊員たちは民間人を大規模シェルターにうまく誘導している。

 ストライカーはその避難誘導を援護するべきなのに。


「西ブロックのシェルターに行ってくる。足が速いと、お使いを頼まれがちでかなわないな」と、オズマは言う。「カルナはここにいなさい」


 私はモニターから目を離さずに「わかったわ、ファージにもストライカーにも気を付けて」と言った。


 私は三面モニターの全面を見ていたが、少しだけ意識を西ブロックに向けた。


 すると、そこの大規模シェルターの隅に一点だけ赤い光が見えた。


 次の瞬間、バン! という音とともにオペレーションルームが真っ暗になった。


「なに事だ!」と責任者が叫ぶ。


 すぐにオペレーターの一人が返した。女性の声だ。


「システムダウンです。原因は不明。ラムダエネルギー回路にも障害発生。システムを再起動します」


 ほどなく明かりが灯り、オペレーターたちも外部と連絡できるようになったようだ。


「マニューバからの通達。先ほどラムダファージによるラムダショックパルスが発生しました。ナスターシャ全域でシステム障害が発生」

「HOUSE にも負荷がかかっているため、MENUの使用を極力控えるようにとのことです」


「この非常時にMENUを使うなだと?」と、責任者は言う。「それより、マルチモニターが起動していないぞ。どうなっている!」


「状況観測システムが起動していないようです。だれか地上へ行ってくれますか?」


 その声に、「わかった、俺が行く」と、オズマが答えた。


 すると、「ちょっとまて、お前じゃ分からんだろ、オズマ。私も一緒に行く」と、白いシャツを着たヒューマノイドが声を上げた。髪はグレーで中年ぐらいだ。


「頼んだぞ、グラース」と、責任者が声をかける。


 オズマとグラースは急いで部屋から出ていった。


「紙だぁ! 誰か紙のマップを持ってこい!」と、責任者が叫ぶ。


 オペレーターたちが中央のテーブルに集まって、記憶を頼りに状況を再現しようとしている。

 また別のオペレーターたちは外部と連絡をとってなんとか状況を確認しようとしている。


 どうやら、この非常事態でも彼らは動きを止めないようだ。


 私は立ち上がって叫んだ。「私が憶えている! 全部憶えているわよ!」


「な、なんだお前は!? 誰かこの子供を連れ出してくれ!」と責任者が言う。


「そんな事、言っている場合じゃないでしょ!」


 と言って私はテーブルに上がり、ラムダファージ、ストライカーとNPC、民間人たちがどこにいるかを指し示し、紙の地図の上にペンで印を付けていく。


「だから、やめろ!」と責任者が私の首根っこを掴む。


「待って下さい。ダグス社長! これ合っていますわよ! 少なくとも私が見ていた部分は」とオペレーターの一人がダグスと呼ばれた責任者を止めた。


 そして、私はオペレーター達が見守る前で素早く地図に印を付けていく。


 オペレーター達はその地図を前提に動き始めた。


 そして、ダグス社長がやっと口を開いた。「で、こいつらがどういう方向に動いていたのかもわかるかね?」


「もちろん。でもその前に」と私は西ブロックにシェルターの中にチェックを入れた。「ここにファージが居たわ」


「ばかな! ラムダシールドに覆われたシェルターの中にファージが入れるわけがない」


「でも実際、宇宙船ゴルディロックスを包んでいるラムダシールドも突破されたんでしょ?」


「む!」ダグス社長は口に手を当てて一瞬考えたが、「確かにその通りだ」と納得した。

「ではどうする? ストライカーを差し向けるか?」


 驚いたことに、彼は幼女である私に対して対等であるかのように質問をしてきた。


「いいえ、中にファージが出た以上、このシェルターはもう使えないわ。少なくとも中の民間人がパニックを起こして外に出てくる。みんな別のシェルターに移さなきゃいけないわ」と、私は捲し立てた。


「だからストライカーよりもNPCを集結させて、避難誘導をした方がいいわ。ストライカーたちはグリーンウッドのファージの巣に突撃させればいい」


 そうやって私は、システムが復帰するまでの間、オペレーターたちに指示を行った。


  

 ◇◆◇

  


 ラムダファージは引き揚げて行った。


 ナスターシャの死者行方不明者は八千人近くであった。ナスターシャの人口が約三十万人なので、かなりの数になる。


 大半は主流の出現地となったグリーンウッド学園の生徒と付近の人々である。


 ラムダファージが去った時、そこにいたバハムート級は十六体にも増えていたと報告されている。


 ミハイル・シティ、ミシュートカ・シティにもバハムート級こそ出現しなかったものの大きな被害が出ていた。


 親のいない私は、ナスターシャ警察会社NPCのダグス社長に引き取られる事になった。


 だけど、IDのラストネーム枠にはダグスの名ではなくグリーンウッドを書き足たしたいとお願いした。


 あの襲撃でのグリーンウッド学園の生存者はごく僅かだったから。


 これからはNPCに居付くことにし、そこの社員寮に住むことになった。


 NPCに居れば、あの片耳のバイオロイドに会えるはずだ。


 彼女はゲッコーに会っている。つまり前世との接点であり、元の世界に帰れる鍵となるかもしれないのだ。


 片耳は特徴的だし、なにより私の顔つきとよく似ているのですぐに見つかるはず……。


 ところが、警備隊にも刑事部他にも彼女のような人物はおらず、いた形跡もなかった。


 彼女は明らかにNPCにいたはずなのに。


 ダグスは私を学校に通えるようにしてくれた。


 とはいえ、私は試験をクリアして六歳にしてジュニアハイスクールの三年生まで飛び級し、一年で卒業した。


 幸いなことに、前世の記憶力の良さは引き継がれているのだ。


 その後はNPCのオペレーターに従事しながら、社内試験をクリアして、刑事部と警備隊の資格を取った。


 その間、武術の方で、警備隊のソール隊長からクラブ戦の手習いを受けた。


 私はすぐにソール隊長と互角に闘えるほどに成長した。


 まぁ、それはソール隊長が高齢でもあるし、私は前世で似たような手習いを受けていたからだ。


 ソール隊長との手習いは、その後も続いた。

 そうして、ラムダファージ襲撃から五年が過ぎた。

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