第9話 ルーシー

 航星暦252年。カルナ4歳。


 インプラントチェックで特別に優れた反応を示した園児たちは、専門の特別校へ移るため保育園を去っていった。


 園児の数が減ったため、これまで別々の部屋にいたヒューマノイドとアンドロイドの子どもたちが、同じ部屋で過ごすことになった。


 そんな中、私は小学生向けのMENU端末を他の子より先に使わせてもらえるようになった。


 端末に入っている辞書や辞典、地図などのリンクを片っ端から探り、設定の隙間から新しい情報や機能を見つけ出していった。


 そこで見つけたのが、作品を公開展示できるネット画廊機能付きのお絵描きアプリだった。このアプリを使えば、自分の絵を他人に見せて評価ポイントがもらえる。つまり、外の世界との接触のチャンスが開けるのだ。


 この世界に来る前、ミーコも死んでいた。だから佐藤君もこの世界に転生している可能性がある。


 それに、もしここが本当にあのゲームの世界なら、日本人プレイヤーがいるはずだ。漢字を絵として描けば、彼らが私を見つけてくれるかもしれない。


 まずは登録。ニックネームは『ゲッカ』にして登録してみよう。


 アプリの中の黒の筆を選び、『花鳥風月』とMENU端末に書いた。小学生の頃に習字をしていたので、書には自信がある。


 保育室で他の子たちが遊んでいる中、次々と書を書き、良いものを選んでは画廊へ投稿していった。


「何を描いているの?」と、突然一人のアンドロイド児が私に話しかけてきた。


「ちょっと邪魔をしないで、今集中しているから」とイライラして答えてしまったけれど、すぐに「ああ、ごめんなさい」と謝った。初めて見る子だったから。


 ほとんどのアンドロイド児が二歳児くらいの大きさで、オフホワイトの配給ベビーボディを使用している。それに対し、この子のボディはピンク色のオーダーメイドのベビーボディだ。

 きっと生まれた時から親がいるのだろう。


「こんにちは! わたしはルーシーっていうの。四さい。あなたは?」とその子は快活に話しかけてきた。


「カルナ、あなたと同い年よ」と答える。「今は絵を描いているの。描いた絵をHOUSEにアップするのよ。HOUSEってわかるかな?」


「そんなのやめて、みんなとあそぼうよ。ひとりじゃ、さみしいよ」


 小さい子と遊ぶのは嫌いじゃないけど、精神年齢を落としておままごとするのはさすがにつらい。「大丈夫だから、ひとりにしてほしいの」


「ふーん。じゃあね」と言ってルーシーは別のグループの方へ行って、また挨拶をしていた。どうやら保育園に入園したばかりで、室内にいる全部の子に挨拶して回っているようだ。


 アンドロイドは小学生になる時までに本人が男女どちらかを選ばないといけない制度になっている。逆に言えばその時までは性別を決めなくてもよい。


 だから最初は共通ベビーボディを使用し、小学生になる時に性別を決めて、それに合わせた性別特有のキッズボディへ量子脳を移行するのが一般的だ。


 しかし、『彼女』はもう女性になることが決定しているようだ。


 長い保育園生活の中で、女性型ベビーボディを目にしたのは今回が初めてだ……。

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