カルナの章・前編
第8話 転生
意識がだんだん戻ってくる、視界も戻ってきた。何が起きたのだろうか?
随分長い間眠っていたような気がする。
体を動かそうとしても思うように動かない。ゆっくりと深い息を吸う。少なくとも、死んではいないようだ。
今、ベッドに寝かされているような感覚がする。
自分の手を見てみると、なんだか小さい。まるで赤ん坊の手のようだ……。
意識ははっきりしているのに、これは一体どういう状況なのだろう? 夢を見ているのだろうか?
いまだにバーチャルな世界にいるのかもしれない。
「ログアウト!」と叫んでみた。……何も起きない。というか、うまく発音出来ない。
耳を触ってみよう。現実との接点だ。小さい手で耳を掴んでみる。
……耳がある! しかも触った感触もはっきりと分かる! でもなんだか大きすぎる?
耳を引っ張ってみると、それは自分の視界に入ってくるほど長かった。
そこへ女性が現れ、僕の顔を覗き込んできた。
赤い髪をしており、耳は短めながらとがっていた。とがった耳……ここにもエルフがいるのか。
彼女は微笑みながら何かを話しかけてきた。英語のようだが、聞き慣れない発音だった。僕を優しく抱き上げると、より明るい部屋へ連れて行き、床に座らせた。
周りを見ると、何人もの赤ん坊がよちよち歩きをしたり、ハイハイをしたりしている。
赤ん坊たちと見比べてみると、自分も同じくらいの大きさだとよくわかる。
立ち上がろうとするが力が入らない。仕方なく、床を這ってみることにした。
もしゲームの世界だとすれば、何か手がかりになるものがあるはずなのだが……。
すると、おもちゃの鏡台を見つけた。自分の姿を映してみる。
体は、本当に赤ん坊になっていた。だが、それ以上に顔に驚いた。
横に伸びた長い耳、青みがかった黒髪、そして赤い瞳。
僕を殺したあの女エルフキャラクターとまったく同じ顔立ちだった。
◇◆◇
航星暦251年。学園グリーンウッド保育園。
月下が生まれ変わった子。名はカルナ。バイオロイドの女の子。3歳。
わたしは横幅30センチほどのタブレット端末を抱え、タッチパネルをぺたぺたと操作しながら、この世界の真理を探っている。
この端末は、
MENUを使えば、この世界のネットワーク中枢「HOUSE」というシステムに接続できる。
このシステムは、前世でバイパーが調べていたゲーム内ネットワークと同じ名だ。
このMENU端末は三歳の誕生日に使用権を与えられたものだ。
この世界の言葉は基本的に英語で、アルファベットも同じだったため、MENUの操作には困らなかった。ただし、発音や綴りが少し異なっていて戸惑うこともあった。
それでも二歳になる頃には日常会話が普通にできるようになり、担当の保育母バイオロイド・カメリアと保育父アンドロイド・タロンを質問攻めにして、二人を困らせるほどになった。
わたしの粘り強い質問攻めの結果、二人は『可愛い女の子でいる』という約束と引き換えに、MENU端末の使用権を認めてくれたのだ。
本来は五歳からでないと、保育父母の指導のもとで使えないものだった。
そのため五歳児向けの保護機能が付いており、機能が制限されている上、カメリア先生との約束で一日二時間までしか使えない。
五歳児までの保護範囲では、童話や童謡、簡単な児童事典程度しか見ることができない。それでも貴重な情報源だ。
MENU端末の情報と、カメリア先生とタロン先生の話を手がかりに、自分の居場所を理解しようとした。
まずここは学園グリーンウッドの保育園だ。
ここでは新生児から五歳までのヒューマノイド、バイオロイド、アンドロイドの子供たちを預かり、育てている。私は親を持たないバイオロイドで、ファクトリーで培養生産されてから直接ここへ来た。
この学園はナスターシャという街にあって、その街自体はゴルディロックスという『宇宙船』の中に存在している。
ナスターシャ、ゴルディロックス……これらは前世最後のゲームで聞いた名前だ。この世界はあのゲームの世界と瓜二つ。
もしかして、ここはゲームの中のバーチャル世界なのだろうか?
ゲームだとしても、なぜ幼児生活を三年もリアルに体験させられているのだろう?
もしかすると、ヴァーミリオンが外せなくなって病院に運ばれ、点滴だけで三年間生かされているのかもしれない……
あるいは、ヴァーミリオンが脳を超高速処理化して、たった三分の間に三年分の意識体験を作り出しているのかもしれない……
でも耳を引っ張れば痛いし、味覚も嗅覚もはっきりとある。あまりにもリアルすぎて、バーチャルな世界とは思えない。
それにしても、前世では男子として生まれ、自分なりに男らしく生きてきたのに、今は女の子として育てられているなんて、どんな運命の巡り合わせなのだろう?
◇◆◇
「カルナ。あなたもこっちに来なさい」とカメリア先生が私を呼んだ。
「待ってよ、まだMENUを使ってていい時間でしょ?」
「だめ。みんなが待っているから、早く来なさい」
可愛い女の子でいないとMENU端末を取り上げられてしまう。
仕方なくMENU端末を棚にしまって、カメリア先生の後についていった。
ホールには私と同じ歳のバイオロイドが30人以上集められていた。身体測定をしているようだ。
身長や視力を測りながらホールを一周していく。最後にはカメリア先生が待ち構えていた。
「さあ、カルナちゃん。インプラントチェックよ」そう言ってカメリアは、バーコードリーダーのような器具を私の額に当てた。
「カルナちゃんは優秀だから、きっと素晴らしいインプラントが入っているはずだわ」
タロン先生から聞いた話では、この世界の人やアンドロイドは生まれると同時に、インプラントデバイスという装置が脳に埋め込まれるそうだ。このデバイスのタイプは、その子の素質に応じて決定されるという。
インプラントチェックでは、そのデバイスの種類や性能を調べる。デバイスの性能が高ければ高いほど、記憶力の増強やMENUの視覚投影など、できることが広がっていくらしい。
インプラントデバイスの性能を子供の能力値としてみる養親候補者は多くて、裕福な生活を望むなら、このデバイスの評価が高いほど良い。
私は純血バイオロイドの証である長い耳を持ち、三歳児としては高い知能を示しているため、かなり期待されている。
「ストライカー専用のデバイスが入っているんじゃないかしら」と、カメリア。
もしこの世界があのゲーム『ロードオブ・プロジェクト・ゴルディロックス』そのものだとすれば、ストライカーになることでゲームプレイヤーと出会えるかもしれない。
ストライカーになれるかどうかは重要なのだ!
……しかし結果は『該当なし』と表示された。
「該当なし? どうしたのかしら?」カメリア先生はもう一度、測定機を私の頭にかざす。
だが、やはり『該当なし』という表示が出る。
「どういうことなの?」と、私はカメリア先生に尋ねた。「インプラントされていないってこと?」
「そうじゃないわ。カルナちゃんにもIDがあるのよ。デバイスがないとIDは書き込めないの。き……きっと珍しすぎて認識できないだけよ」と、カメリア先生は戸惑いながら答えた。
「デバイスは、入れ直すことはできないの?」
「それはだめなの。デバイスは一生でひとつと決まってるのよ」
一生を左右するうえに取替が効かない物を生まれた時に埋め込むなんて、かなりの不条理じゃない?
ストライカーになるのは諦めるしかないのか……?
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