第7話 決着

 ウォレットパスの記録量が90パーセントを超えた時、大きな爆発音が響いてきた。音の響きからして、かなり遠くの場所のようだ。


「どうやら、別チームがやってくれたようだ」と、ジェイソンが言う。「俺たちが捕まえたラムダファージも使われているはずだ」


 そして、その予測を裏付けるかのように、メニューから強制通信が入った。


『マニューバからストライカーへ。緊急事態発生。ラムダファージが侵入。場所はセントラルタワー・スカイテラス。ダイノ級3体、全てフェーズ3。民間人への侵食により 、多数のビースト級ラムダファージを生成中。至急対処せよ。これより全武装の封印を解除する』


「来た! 武器が使えるようになるぞ」と、バイパー。「よし、外へ出てみよう」


 ジェイソン、バイパー、ダガーがそれぞれのST武器を手に取り、グスタフもウェポンユニットを装着して外へ向かった。『正面には警察の包囲網が張られている。NPCの胸に『NPC』って書いてあるぞ! わかりやすすぎだ』とジェイソンが通信してきた。チーム内の通信状態は良好のようだ。


『セントラルタワーが燃えているが、あいつらは動かないな』とバイパーは言う。


 ウォレットパスを見ると。ゲージは全部光っている。「100パーセント行った!」


「よし、脱出するぞ」と、ジェイソン。


「えー、あいつら全員やっちゃおうよ」と、ダガーが不満そうに言う。


「どのみち、倒さなければ脱出できない」と、バイパー。


 その時、『ギャ!!!』と、ダガーの悲鳴とともに通信にノイズが走った。


『ダガーがやられた! スナイパーがいるぞ!』というジェイソンの通信が入ると同時に、凄まじい数の着弾音が銀行中に響き渡った。


『すごい! 前が見えない』とバイパーが叫ぶ。


 ジェイソンが『よし! プレゼントだ!』と雄叫びを上げた。


 やがて着弾音は静まっていった。


 メニューから、チームメンバーの視点で外を見ることができる。ジェイソンの視点に切り替えると、遠方にミハイルで見たのと同じくらい巨大なタワーが見え、その中腹が燃え上がっていた。


 駐車場では、僕たちが捕らえたラムダファージがNPCたちを襲っていた。


 ジェイソンが『よし! ゲッコー。通信封鎖シールドが消えた。ワープゲートを作ってくれ』と言ってきた。


 僕はウォレットパスをコンソールから引き抜いてポケットの中に入れ、モバイルテレポーターを抱えて玄関へ向かった。


 ミーコと一緒に急いで玄関を出たその瞬間、凄まじい閃光が辺りを埋め尽くした。思わず目をそむける。危ない……あの光を直視していたら、しばらく失明していたはずだ。


 次の瞬間、首をはねられたジェイソンの姿が目に入った。バイパーは体を縦に真っ二つにされていた。敵がすぐそこにいる。


 慌てて逆方向に逃げ出すと、ミーコが敵に立ち塞がり、STケインで衝撃波を発生させた。


「ゲッコー! ワープゲートが開いたら先に逃げて!」とミーコが叫ぶ。


 車寄せから出て、モバイルテレポーターを地面に叩きつけるように置き、ワープゲートを開こうとする。簡単な操作のはずなのに、焦りのせいで指が思うように動かない。


 その時! 「逃げるな、月下! それでも風紀委員長か!?」という女の声が響いた。


 え? ミーコの声? 思わず振り返ってしまった。だが、声の主はミーコではなかった。ミーコは玄関の前で、胴体が真っ二つに裂かれて倒れていた。


 目の前には胸に大きく『NPC』と書かれた機動服を着た少女が立っていた。その後ろでは、ストライカーの男が一人、片膝をついていた。


 少女は青みがかった黒髪で、左耳はエルフのように長く伸びているのに対し、右耳は短く切り取られ、赤いピアスが付いていた。彼女は右手にラムダソードを構え、真っ赤な瞳で僕を睨みつけていた。


 なぜこの片耳エルフは僕の名を知っているのだろう? もしかしてゲームプレイヤーで、学校の生徒なのか?


 だが、逃げるタイミングを逃してしまった。正面から戦うしかない。腰に下げたSTクラブとSTバンドガンを取り出し、起動させた。


 地面に転がるジェイソンの首が目に入る。ストライカーのラムダシールドでさえ、あいつには効果がなかったようだ。警戒しないと……。


 片耳エルフが凄まじい剣幕で突っ込んできた。彼女の二、三撃の斬り込みをクラブで弾き返しながら、左手のハンドガンで後方のストライカーに三発撃ち込み、その動きを止めた。


 そして片耳エルフと鍔迫り合いになったが、すぐに突き飛ばした。軽い? いや、ストライカーである自分の力の方が強いのだろう。


 間合いが開いたところで、彼女にハンドガンの照準を合わせた。どうする? このまま打ち殺すのか? 何を躊躇している! これはゲームじゃないか!


 その瞬間、彼女が自分の胸に手を当てて叫んだ。「見ろ! これがお前のいずれなる姿だ!」


 どういうことだ? 『お前もこんな美少女アバターを使うようになる』と言いたいのだろうか? やはりゲームプレイヤーなのか?


 突然、彼女は身を低く落として転がるような体勢で間合いを詰めてきた。くそっ! 下段は苦手なのに!


 焦った僕は大振りにクラブを振り下ろす。すかさず彼女はそれを避けて、ソードで僕の胸を刺し貫いた。

「うぁぁぁ! 痛い! 痛い!」なんだこれ! ゲームにしてはリアルすぎる!


 刺された肋骨が動かせない。息が吸えない。心臓も止まっている!? 止まっているのはアバターなのか? 現実の体なのか? 死ぬ? 冗談じゃない。家族も、将来も、友達も——すべてをこんなゲームで失うというのか!?


 そして激しい貧血感がズシーンと襲ってきた。同時に視界が暗闇に落ちた。


 VRヘッドセットの中とは違う、まさに漆黒の闇だった。

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