第3話 惑星ヘルメス

 岩の多い渓谷の底は広い道となっていて、僕たちはその上を走っていく。運転はとても楽しい。


 道中、原生生物は見かけないものの、『ビートル級ラムダファージ』の群れと遭遇するたびにトラックを降りて退治している。


 ラムダファージは結晶のような多面体の胴体を持ち、その底面からは蜘蛛のような脚が六本生えた宇宙生物だ。ビートル級は三十センチから五十センチほどの大きさがある。巨大な蜘蛛が這い寄ってくるような姿は気味が悪い。奴らは火花を散らしたり、突然飛び掛かってきたりする。


 僕の武器は右手にSTクラブを持っている。中学時代に柔道道場でソフト警棒の格闘術を習得していたので、この種の武器は得意だ。左手にはSTハンドガンを構えている。


 ラムダファージを攻撃し続けると徐々に黒ずんでいき、やがて体を維持できなくなる。すると結晶が砂のように崩れ散り、その中に小さな二十面体の結晶――ラムダクリスタルを残す。これを回収することが収穫となる。


「ゲッコー、初心者なのに様になってるじゃない」とミーコが話しかけてくる。


 ミーコはSTケインを操り、その先端に付いた光る結晶からビームや光球を放ってラムダファージを攻撃する。まさに魔法少女そのものだ。


「もっと強い敵が来ることもあるのか?」


「今までのは雑魚ね。もっと進んで行くともっと強い敵がでてくるの。でも強ければ強いほど報酬がいいわ」


「報酬は何があるんだい?」


「ミハイル・シティで使えるキャッシュがもらえるし、貢献度に応じてクラスを上げてもらえるのよ。強力な武器がもらえることもあるわ」


 チームはトラックに乗り込んでさらなる道のりを進んでいく。出現するラムダファージはどんどん大きくなって、高さ二メートルから三メートルぐらいある『ビースト級』が出てくるようになってきた。


「デスペナについて説明しておこう、ゲッコー」と、ジェイソン。「ゲーム内で死ぬとアバター没収の上、七日間のログイン停止になる。ゴーストクルーザーなどのセーフエリア以外で五分以上ログアウトしても死とみなされるから、相当厳しいぞ」


「七日間のログイン停止……」なるほどいいことを聞いたと、ミーコを見る。


「ちょっと、なに考えているのよ! プレイヤーキル禁止だからね!」


「ここが最終地点だ」と、ジェイソン。渓谷は行き止まりになり、円形の盆の底みたいな場所にでた。周りは崖の壁に阻まれた状態であり、まるで決闘場だ。


 その時、空からビースト級ラムダファージが四体振ってきた。そして続けて、ひときわ大きなラムダファージが降りて来た。高さ十メートルを超える大きさだ!


「ダイノ級がでた!? 倒しちゃっていいの?」と、ダガー。


「だめだダガー、ギリギリまでダメージを与えるんだ」と、ジェイソンは答えた。「ミーコとゲッコーはトラックを守っててくれ!」


 ジェイソンとバイパーはSTライフルを手に取って立ち向かった。


 グスタフはトラックの荷台からウェポンユニットを降ろし、装甲のように身に纏う。通常の腕よりも遥かに大きな機械の腕が装着され、その先端にはビームキャノンが据え付けられている。


 ジェイソンら四人がダイノ級を取り囲んで攻撃する。


 ダイノ級ラムダファージはそれに対して黒いプラズマを放って迎え撃っている。


『いいか、ゲッコー』バイパーが通信してきた、『この黒いプラズマが知的生命体を襲うと、それが人間だろうがアンドロイドだろうがすべてファージ化して、最後にはラムダファージにしてしまう。だが私たちストライカーはファージ化しない。だから私たちが倒さなくてはならないんだ!……という設定だ』


 グスタフはビームキャノンをダイノ級に向けて発射した。


 トラックに向かって来るビースト級は僕とミーコとで倒し、ダガーも別のビースト級を二丁持ちのSTマシンガンで撃破した。


「ゲッコー! 荷台にあるスーツケースを持ってきてくれ」とジェイソンが言う。「ケースの赤いボタンをおして、ダイノ級の脚の間に置くんだ!」


 ジェイソンの言うとおりにスーツケースを取り出して、赤いボタンを押すとその側面にある大きな二つのファンが回りだした。そしてその取手を持ってダイノ級に向かって走る。


 身体がとても軽い気がする。あっという間にダイノ級の足元にたどり着くと、その脚の間にスーツケースを滑り込ませた。


「今だ! 皆で攻撃だ!」ジェイソンが叫び、チーム総攻撃になる。僕も這いながらスーツケースから離れつつハンドガンを撃つ。


 ダイノ級ラムダファージは甲高い悲鳴のような音を発生させると、遂に結晶の体にヒビを走らせ、崩れ始める。


 そしてその体は四散せず、プラズマを発生させながらスーツケースの二つのファンの中へ、壺か何かに収まる魔人のように吸い込まれていった。


「よし! これでダイノ級、四体目! ミッションクリアだ!」


 激しい運動だったが息切れはしていない。でも、アドレナリンは出ている感じだ。なるほど、これはハマるのもわかる気がする。


「四体目ってなに? リーダー」と聞いてみる。


「ダイノ級を四体捕獲するのがミッションだったのよ。そしてこれが四体目」と、ミーコ。


「このスーツケースはラムダファージを捕獲できるアイテムだ。これが四個送られて来て、それぞれにダイノ級を詰めるように指令を受けたんだ。三つはもう返していて、こいつは次の指令まで持っているようにと言われている」と、ジェイソンは腕組みをして言う。


「指令って誰が出しているの?」と更に聞いてみる。


「ミハイルのゲームマスター・ウィズダムだ。こいつには逆らえない、という設定だ」と、バイパーが言った。


「俺が最初にログインしたとき、指導役としてチュートリアルをしてくれたのが、ウィズダムだ。そいつがゴーストクルーザーをくれたし、ミッションも与えてくれた。他の奴にはウィズダムが現れなかったので、俺が指導役になってチームに入れたんだ」と、ジェイソンは言った。


 そして、「皆! 次は予定通り重大なミッションが控えている。来週の日曜日だ。来れないやつはいないな? それまで絶対デスペナを喰らうなよ」と締めくくる。


「さて、ゴーストクルーザーに帰るとしようか。ゲッコー、帰りの運転も頼めるか?」


「来た道を戻るの?」と運転席に座りながら聞く。


「いや、このトラックでヘルメスベースにつながるワープゲートを作る。一回限りで、三分しか持たないから気を付けろよ。そこのレバーを引いて……」と、ジェイソンが説明した。


 言われた通りに操作して、最後のスイッチを押すとトラックの前の空間にワープゲートが現れた。

 僕はそのゲートに向かってトラックを進めた。


  

 ◇◆◇

  


 ゴーストクルーザーからログアウトすると、佐藤君の部屋に戻ってきた。


 頭の中がくらくらしているが、なんとか身を起こして重いヴァーミリオンを外した。


「大丈夫? 委員長」と、佐藤君が声をかけてきた。


「ええ、大丈夫です」そう言って、横に置いてあったミネラルウォーターを飲む。体は意外に疲れてはいない。そりゃそうだ、ずっと寝ていたのだから。


「そうですね……たしかに凄いです。のめり込むのもわかります。こんな凄い物があるなんて驚きです」


「やった! 理解してくれた!」


「だけど、それと学校を休むのとは別ですよ」と釘を刺しておく。「せめて学校には来て、遊ぶのは放課後だけにしましょう。そうじゃないとヴァーミリオンを取り上げられてしまいますよ」


「うーん、わかったよ」


「約束ですよ。もし学校に来ずにヘルメスへ行っている様だったら、僕が追いかけてキルしますからね」


「いやそんな事言ったって、どうやってヘルメスに……」と言った所で、佐藤君は気づいたような顔をした。「え? 今日運転手やったのはそのため?」


「さあ」と肯定でも否定でもない返事をしておく。本当はそこまで考えていなかった。


「じゃあこれは借りて行きますね」と言って黒い方のヴァーミリオンを箱に詰めた。


「気に入ったら、委員長もヴァーミリオンを買ってくれよな」と佐藤君は言った。

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