第2話 チームゴースト
その部屋は、天井の高い円筒形で、窓も入口もない。
中央にタッチパネルが浮かんでいて『種族選択』と表示されている。それをタッチすると目の前に四つのシルエットが現れた。それぞれの頭に名称が浮かんでいる。
ひとつは『ヒューマノイド』。人間そのままだ。これが基本なんだろう。
次に尖った耳がアクセントの『バイオロイド』。要するにエルフだ。
特撮ヒーローチックなロボットの『アンドロイド』。
それよりごつい重機のようなロボット『タイタノイド』。これには上級者向けとの但し書きがある。ウェポンユニットを装着してより強力な攻撃ができるらしい。
それぞれに性能を表すのであろうグラフがいくつも出ているが、それが何を表しているかは分からない。
種族とは別に男女切り替えボタンがある。押すと四つのシルエッドががらりと変わる。ここは男の方にしておく。
選択すると、シルエットは消えてしまった。
目の前にヒューマノイドのボディが現れた。次はボディの作成らしい。ボディについている顔は僕そのものだ。テラミスはゴーグルのセンサーで表情をトレースできるから、これもそれと同じような仕組みだろう。
体格もトレースしてある。体脂肪や骨密度も測ってあるのだろうか?
身長表示はリアルと同じ163センチを指している。これは伸ばしたり縮めたりして調整できるようだが、どうしようか?
むやみに伸ばすと身長にコンプレックスを持っているとミーコに思われたりするのだろうか?
こうなったら、トコトン僕と同じ風貌になるように作ってみようじゃないか。髪の毛の色とスタイル、筋肉の付き具合、ボイスのトーン等を僕と同じになるように調整した。
服装は今リアルで着ている夏用学生服に似ているものをカタログから選んだ。
アクセサリーの一覧に腕章があるじゃないか。しかも絵を自由に書き込めるアイテムだ。早速、筆記具一覧から毛筆を選ぶと腕章に『風紀』と書き込んだ。
実際の樫高風紀委員の腕章そのものだ。まぁ、リアルの風紀委員腕章も僕の手作りなのだが。
そして確定のボタンを押す。すると『新世界へ』の表示と共にその下に淵が光ったサークルが現れた。
サークルに立つといきなり体の力が抜け、また目の前が真っ暗になった。
◇◆◇
暗闇の中に赤、青、緑色の光点が現れて円を描いてくるくる回る。待っていると、その光点の回転が速くなり、混ざって白く明るくなる。
すると、なにか狭い空間に横たわっている感じになった。
棺桶か? いや、日焼けマシンの中で寝ている感じだ。どっちも使ったことは無いけれど。
体の感覚がすっと戻ってきた。そして、僕を覆っていた蓋が開き、寝ていた床の部分が歯医者の椅子のように起き上がった。
「風紀委員長だ! まんま風紀委員長だ!」と爆笑する女の子の声がする。
そこは白みを帯びた部屋で、僕の正面にミーコが立っている。その後ろには人かロボットかが四人いる。
立ち上がって自分の体を見た。どうみても普段の自分の姿だ。
さっきまでのロボット状態と違って明らかに服の着心地がある……いくらなんでもそこまで再現したVRシステムは聞いたこともない! 実はリアルの世界に戻っているのではないか?
ミーコはこちらを見上げてニヤニヤ笑っている。後ろの四人も笑っている。そのうち二人はロボットのようだが、それでも仕草で笑っているように見える。
アバターメイクの時に見たシルエットの特徴でなんとなくわかる。右から『タイタノイド』、『バイオロイド』、『アンドロイド』、そしてミーコが『ヒューマノイド』といった感じじゃないかな?
「ここはどこ?」と、ミーコに聞いた。
「宇宙船ゴルディロックスのミハイル・シティにある宇宙港。そこに停泊している
そしてミーコは振り向くと、ヒューマノイドの男に向かって、「ジェイソン。彼がわたしの知り合いで、今日初めてプレイするゲッコーだよ」と、僕を紹介した。
「よぉ、ゲッコー。俺はチーム・ゴーストのリーダー、ジェイソンだ。よろしくな」
ジェイソンは大柄で軽くモヒカンになっているヘアスタイルに髭面の男だ。
「うちのチームは男四人、女はミーコ一人の五人組だ。まぁ、リアルの男女はわからんがな」
よく見ると、口の動きと音声が微妙にずれている。これはリアルタイムの自動音声翻訳システムを使っているのかもしれない。
彼が握手を求めて来たので、それに応える。手の温かさを感じた。いちいちリアルだな。
次に、体が細身で紫色のアンドロイドが近づいてきた。「バイパーだ。よろしく」
そしてバイパーは背の低いバイオロイドとジェイソンよりも大きい緑色のロボットを指して、「この小さいのがダガー、大きいのがグスタフだ」と紹介した。
「ん? ミーコの知り合い?」と巨大な緑色の亀のようなタイタノイド、グスタフが言った。
「……ということはまさか旧バージョンのヴァーミリオンを使っているんじゃないだろうな? あれはペインリミッタコントロールに不具合があって、リコールされたはずだぞ?」
「大丈夫だよ、グスタフ。古いって言っても、今までみんなが使っていたのと同じヴァーミリオンだよ、問題ないよ」と、ミーコが言う。何気に気になる会話だ。
「ねぇねぇ、君は男なの? 女なの? 何人? 肌は何色? どこに住んでるの? 恋人はいるの? 家族はいるの? なぜここにいるの?……?……?……」と、ダガーが質問攻めにしてくる。彼はピエロ風の衣装とメイクをしたバイオロイドだ。
「ようこそ、『ゴルディロックス』へ。驚きに満ちた冒険の世界へようこそ」と、バイパーは言う。
「ゴルディロックスは、百万人近くの人間とアンドロイドが暮らす巨大宇宙船だ。この船は恒星間をワープしながら生命のある惑星を調査している。もしその惑星が宇宙モンスターの『ラムダファージ』に襲われていれば、ゴルディロックスの戦士ストライカーたちが戦いを挑むんだ」
「俺たちゲームプレイヤーは『ストライカー』として、このRPGをプレイするんだ」と、ジェイソンが言う。「ストライカーってのは、簡単に言えば宇宙の傭兵であり、賞金稼ぎってところだな」
なるほど、ゲームの中だということは分かってきた。しかしここまで高度なアバターチャットは初めてだ。この感覚で勧誘でもされたら、抵抗できないかもしれない。現に今、チームに入る流れになっている。
自分の頭をパンパンと平手で叩く。手は叩いた感覚があるし、音も衝撃も感じられる。
「ヴァーミリオンは直接脳にアクセスするVRシステムだ」と、バイパー。「ただし、味覚と嗅覚は制限されている。それに、なぜか耳たぶの感覚も遮断されているんだ。だから耳を引っ張れば、現実か仮想世界かすぐ分かる。まぁ、私には耳たぶがないけどね」と、アンドロイドなりの笑みを浮かべる。
言われたとおりに耳を引っ張ってみた。なるほど、まったく痛くない。
ジェイソンが拳を突き上げた。「よし! では今日のミッションを始めよう。『ダイノ級ラムダファージ・ハンティング』だ!」
『惑星ヘルメス』は恒星アクティヴァを周回する惑星だ。ここではまだ生命体が確認されておらず、なぜラムダファージが存在するのかは謎のままだ。他の惑星へのワープジャンプ中継地点として利用されているのではないかと推測されている。
「という設定だ」と、バイパーが口癖のように付け加えた。「現時点で私たちに解放されている惑星はヘルメスだけなんだ。ベータ版になれば他の惑星も探索できるようになるはずだ」
宇宙船ゴルディロックスからこの惑星まで約二光年離れている。てっきりゴーストクルーザーで行くものと思っていたけど、用意されたのはトラックだった。
荷台に八人ぐらい乗れる、運転席側にも屋根のないトラックに全員乗り込んで宇宙港のワープゲートに向かった。せっかくだから運転手を名乗り出た。ゲームなんだから車の運転などもやってみたい。
ゴルディロックスからヘルメスまでには四隻の中継ステーションがあり、それらがワープゲートで数珠つなぎになっている。この道のりをトラックで走っていくわけだ。
終点はヘルメスの地上に建造されている、ヘルメスベースである。ここまで数百メートル走って二光年、現実味がない距離だ。
右耳を引っ張ってみる。やっぱり痛みは感じない。
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