第2話 尻拭い
うーん……ここはどこ……?電車の音が聞こえるな……。私は目を開く。
私がいるのは電車の中だった。これは、夢?ということは、これから何かが起きるのかな……?とりあえず、周りがどうなってるか見てみよう。
私は椅子から立ち上がり、車内を見てみる。車内にはざっと10人くらいの乗客がいて、皆それぞれスマホを触ったり本を読んだりしている。進行方向左手にはボックスシートがあり、窓からは綺麗な海が広がっているのが見えた。ドアの上には路線図が載っていて、左上には「伊豆急行線・JR伊東線路線図」と書いてあった。どうやらこの電車は伊豆の電車のようだ。
私は車内を見終わると、椅子に座った。それと同時に、私は左腕に違和感があったことに気づき、私は自分の左腕を見る。私の左腕には、銅色の小さい腕時計が付いてあった。それぞれ短針は8と9の間を、長針は7を指していた。今は午前8時35分のようだ。
気付けば電車は駅に到着していた。駅名標を見ると、河津と書いてある。8時35分に河津駅に到着か。夢の中で何かあったら起きた後何とかしないといけないので、時間と電車の場所を覚えている必要がある。私は時計を確認して、忘れないように頭の中で復唱した。
ドアが空気の音を出しながら閉まり、電車はゆっくりと動き出す。電車はあっという間に体感60キロくらいにまで加速し、ガタンゴトンという音を車内に響かせる。すると、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にお知らせします。ただいま、電車のブレーキが故障して減速ができなくなりました。間もなく終点の伊豆急下田駅ですが、車止めに衝突する可能性があるのでお客様は車両後方部に移動するようお願いします」
これが今度の夢の中で起きる事故か……。私は立ち上がり、他の乗客が向かっている方とは反対側の車両前方部へ向かう。
私が乗っている車両から前に1両移動すると、運転台が付いている車両に着いた。私は運転台が見える窓に移動し、中を覗いてみる。運転士は何度も運転台のレバーを前後に動かしてブレーキを動かそうとしているが、電車は減速していない。むしろ、加速しているように感じた。
暴走した電車は高速で自然に囲まれた1面2線のホームを通過する。電車はさらに加速し、運転台の速度計を見るとなんと速度は時速110キロを超えていた。
トンネルを高速で抜けて、電車は高速でカーブに進入する。キーンという車輪が擦れる音がすると、急に強い遠心力が体にかかり私は床に倒れてしまう。夢なのに痛いな……。
私は立ち上がり、もう一度前面の窓を見る。ちょうど電車はトンネルを抜け、少し栄えた場所に出た。奥には車止めがある終点の駅が見え、その奥には線路が続いていなかった。
まずい、衝突する……!電車は終点の駅を前にしても、加速をやめることなく突っ込んでいく。線路の分岐点を通過し、電車は駅の構内に進入した。ファーンという警笛が鳴り、車止めが電車の目の前に迫る。私は怖くなり、目をぎゅっと瞑る。
そして――
「――っはぁ!」
私は思い切り飛び起きる。ドクドクと激しく動く心臓を落ち着かせながら、私は周りを見る。服はいつも着ているパジャマに変わっていて、左腕には何も付いていなかった。
やっぱり、夢か……ちょっと怖かったな……。私は枕元に置いてあるスマホの時計を確認する。今は7時35分だった。確か夢では8時35分に電車が河津駅に到着していたから、あと1時間しかない。私は一瞬まずいと思ったが、私は超能力を使うことができることを思い出し、それだったらテレポートもできるはずなので全然時間あることに気付いて私はのんびりとベッドから出た。
8時10分頃、私はある重大なことに気付いた。それは、学校をどうするかということだ。私が事故を防いでいる間、私は学校に行かなきゃいけないのだ。
うーんどうしよう……。あっ、そうだ。私は超能力を使えるから、もしかしたら分身できるかも。やってみるか。私は目を瞑り、分身したいたと強く願う。10秒くらいしたあと目をゆっくり開くと、隣には服も顔も私と全く同じ人がいた。すごい、本当にできた!
私は顔を近づけてよく私の分身を見る。どこからどう見ても私だな。
「この能力すご……!じゃあ、君、私の代わりに学校行ってきて!」
私がそう言うと、私の分身は動き出した。
「おっけー。じゃあ、行ってきます!」
私の分身は私に向けて親指を上げながら、学校のカバンを持って私の部屋を出ていった。
8時30分頃、私は身だしなみを整えて、カバンを持った。
それじゃあ、伊豆に行こう。私は目を瞑り、頭の中で河津駅に行きたい強くと願う。少しして目を開くとそこは私の部屋でなくなり、全体的に白い駅の構内に変わっていた。改札は有人改札で、人が入る部分は茶色かった。改札の上には電光掲示板が2つあり、右側にある伊豆急下田方面の1番線の電光掲示板には「普通 8:35 伊豆急下田 3両」と表示されていた。
私はSuicaで改札の中に入り、階段を登って1番線のホームに出た。ホーム自体は普通の地方の駅という感じで、小さい屋根がある狭いホームだった。人は数人しかいなく、皆スマホを操作していた。
8時34分、ホームに接近チャイムと接近放送が流れた。
「まもなく、1番線に伊豆急下田方面行の電車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側に下がってお待ち下さい」
いよいよか……。駅の近くにあるトンネルから電車が現れ、線路にカタンカタンという音を響かせる。電車はホームに進入し、甲高いブレーキの音を鳴らしながら私の目の前にゆっくりと停車した。
運転士の顔を見ると、夢で見た顔と同じだった。私はゴクリと唾を飲み込み、電車に乗り込んだ。
私は運転台が見えるすぐ近くの席に座り、車内を見渡すとざっと10人くらいの人がいた。電車のドアが閉まり、電車はゆっくりと動き出す。
「次は、稲梓です」
女性の声が車内の天井でそう案内する。だけど、私はこの電車が次の駅に止まらないことを知っている。私の心臓は緊張して鼓動が速くなった。
まもなくして、車内にアナウンスが流れた。
「お客様にお知らせします。ただいま、電車のブレーキが故障して減速ができなくなりました――」
来た……!私は立ち上がり、運転室のところまで行く。
「すみません!」
私が大きな声で運転士に呼びかけると、運転士は私の方を見る。
「早く後ろに避難してください!危険です!」
「中に入らせてください!私なら止められます!」
運転士は私の言葉に首を傾げるが、真剣に言う私に負けて運転室の扉を開けた。
私は中に入り、運転台に座る。えっと、まずは何をすれば良いんだろう……。私はとりあえず、能力を使って運転の方法を知った。なるほど、このマスコンを前に倒したらブレーキなのか。
私は試しにマスコンを前に倒す。しかし、ブレーキは掛からない。速度計を見ると、電車の速度は110キロを超えていた。次に、私は能力を使って解決方法を考えた。そうだ、いい方法が見つかった……!
「すみません!中間車にある手ブレーキを回してください!」
「分かりました……!」
運転士は運転室を出ていき、手ブレーキがある中間車まで向かった。私は後ろを見て運転士が手ブレーキを回したことを確認する。しかし、電車の速度は下がらない。
電車は駅を高速で通過し、トンネルに入った。まずい……確かこのトンネルを抜けたら終点の駅のはず……!私は急いで他の解決方法を考える。そうだ、パンタグラフを下げたらどうだろう……!
私はパンタグラフを下げるボタンを押してみる。すると、ウィーンというパンタグラフの下がる音が後ろから聞こえた。速度計はちょっとずつ速度が下がっていることを示していて、私は少し安心する。しかし、肝心なのは終点の駅までに止まれるかだ。
電車はトンネルを抜け、駅まで向かう最後のカーブを通過する。このままじゃ止まらない……!私は頭を回転させて解決方法を考える。
……そうだ!私は超能力を使えるんだ、電車が止まるよう祈れば……!私は目を瞑り、必死に頭の中で止まれと叫ぶ。しかし、速度はあまり下がらない。
「止まれえええっ!」
私は思い切り叫び、本気で祈る。ここで止まらなきゃ電車は車止めにぶつかってしまう。全身に力を入れて、とにかく祈る。すると――
キイイイイイン……
「はっ……!」
ブレーキの音が聞こえ、私は目を開く。速度計を見ると速度がどんどん下がっていて、慣性の法則で体が前に持ってかれる。
40キロ、30キロ、20キロと速度が下がっていき、電車は甲高いブレーキ音を音楽のように響かせる。そして――
「と……止まった……!」
電車は車止めの2メートル手前で止まった。左手の改札の外にいる人たちが、何事かと集まってきている。隣に立っていた運転士が、驚いて目を見開いていた。
「本当にありがとうございます!あなたがいなければ大変なことになってました……!」
運転士は私の目を見て、心の底から感謝するという顔をする。私は照れくさくなり、左手で自分の頭をかきながら「いえ……」と小さな声で言った。
暗い部屋の壁に付いている大きなディスプレイに、左手で自分の頭をかく小弓が映っていた。部屋の中にはオブセルバドールがいて、カタカタとタイピングの音を部屋に響かせている。
すると、小弓に取引を持ちかけたあの男が部屋に入ってきた。
「オブセルバドール。どうだ、実験体No.13の様子は」
男は感情のこもっていない、唸るような声で訊く。
「はい。実験体No.13は、他の実験体と同じく“尻拭い”を始めました。今までの実験体はすべて尻拭いをしているので、あの状況下に置かれた人間は必ず尻拭いをすると決定づけていいでしょう」
オブセルバドールは、タイピングをする手を止めて男の方を向く。
「そうか。実験を終えるのはいつ頃を予定している?」
「地球時間で1ヶ月後です。実験終了後に恒星系ごと地球を滅ぼす爆弾は、すでに用意できています」
オブセルバドールは淡々と説明する。男は「分かった」とだけ言い、部屋から出ていった。
ディスプレイに映っている小弓は実験体になっているとはつゆ知らず、照れくさそうに運転士と話していた。
ゆめうつつ 小城海馬 @kodoku137928
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