【追憶】 過去編
第60話 30年前のある日
両親が死んだ。
森へ採取に行った時に魔物に襲われて死んだそうだ。
僕はこの日から命というものは意外と呆気なく散るものだと知ったんだ────
「お……りゃっ……!」
両親が死んで1年。
街の中の一角にある、両親が残してくれた家に僕は1人住んでいた。
日課の薪割りを終え額から流れる汗を拭う。
遺された遺産も少なくなってきた。
巷では魔物がさらに活発化してきているそうで、その分食料や物資難に近々陥るかもしれないと噂されているそうだ。その場合価格が上がることは目に見えている。
「そろそろ金を稼がないとな……」
とは言っても子供が手っ取り早く稼げる方法なんてたかが知れてる。
身売り、物乞い、窃盗……簡単に稼ごうとするのならそういったものになってくる。
どこかに従事することも考えたがそんなコネもない以上期待は出来ない。
「…………やっぱりそうするしかないか」
家に戻り両親がかつて使っていた採取道具を見て僕は呟く。
生前の両親に数回ではあるが採取に同行させてもらったこともあるし、家の中には見分けるための本も置いてある。
「行くしかないな…………」
気は進まないが仕方がない。
僕は不安を胸に秘めながら家を出た。
「…………ええと、これは……?」
森へと行き、よく分からない木の実や草を取ってみては持ってきた本と見比べていく。
小さな違いがあるだけでそれは別の品種になって価値が変わるからだ。
正直言って途方もないほどに面倒くさい。
「…………うん。このやり方はまだ違うな」
1時間経ち、要領を得ないやり方であることに気づいた僕はとりあえず片っ端からそこらじゅうのものを拾い集めていく。
選別は帰ってゆっくりやればいいのだから。
違い見分けれるようになるため、一定の量は確保しながらなるべく種類は多く、選別ができるように入れていく。
意外と楽しい。
そうやって夢中になっているときだった。
「ギギギギギ……」
妙な羽音(?)をたてながら巨大な生物が僕の上を飛んでいた。
「…………!」
魔物。
初めて見る魔物だった。
種類や名前なんて全く分からない。
それでも巨大な蛾のような見た目をして、明らかに
「う…………ぁ……」
魔物は確実に僕をその複眼で捉えながら羽ばたき続けている。
戦わなきゃ……戦わなければいけない。こんな時のためにナイフを持ってきているんだろう。
頭では理解している。
それでも、身体が動かない。
永遠にも感じれる一瞬の後、魔物はその脚で僕の身体を掴んだ。
「うああああああっ!!」
脚にある鋭い棘が肉にくい込み、離されることはないことが痛みとして現実味を帯びてくる。
食べられるのだろうか、それとも苗床のようなものにされるのだろうか。
いずれにしてもまともに生きられる未来はない。
「ぅ…………くぅ……」
死ぬ現実を目の前にして涙が出そうになった。そんな時だった。
脳裏に両親の姿が浮かぶ。
父も母も……こんな思いをして死んで行ったのか……。
嫌だ……!
僕は……2人の分も生きなくちゃいけないんだ……!
「う…………おあああ…………!」
力づくで右腕の拘束だけでも外し、懐に忍ばせたナイフを手に取った。
「おおおおおあああああああ!!!!」
叫びながら複眼にナイフを突き立てる。
魔物の拘束は痛みからか緩み身体が自由になる。
今しかない……本能がそう告げていた。
「あああああああ!」
言葉もないままに体重を勢いに乗せ、胴体へとナイフを突き刺す。
そのまま力いっぱい横に薙ぐことで緑色の液体が飛び散った。
ドサリと倒れた魔物はピクピクと脚を動かした後、力尽き動かなくなった。
「ハッ……ハッ…………」
心臓の鼓動が煩い。
身体の震えが止まらない。
思考が纏まることを知らない。
生きている実感が波のように押し寄せてくる。
「ッフ……ッフ…………ふぅーーっ……!」
大きく深呼吸をすることでなんとか落ち着こうと試み、心に一時の平穏をもたらしていく。
生きてる……生きてるんだなぁ……。
心臓に手を当てて逸る鼓動を感じながら僕はそのことを噛み締めていた。
ガサガサ
つかの間、後方から音がした。
新手の魔物……その事が頭によぎり、手に持つナイフに力がこもる。
来るなら来いと覚悟を決めていた。
「大丈夫……うわっすごい!」
草陰から姿を現したのは僕と同じくらいの年齢と思わしき白い髪をした……エルフの少女だった。
「君大丈夫? すっごい血だらけ……でも後ろのモンスターフライは君が倒したの?」
「う……うん」
「すごっ……ナイフ1つでだよね……私とそんな歳が変わらなさそうな人間なのに……」
長い髪をなびかせながら、少女はまじまじとその綺麗な水色の瞳で僕と背後の
「おっと……それどころじゃないよ。応急処置しなきゃ。君名前はなんて言うの?」
「……アリウム」
「私キキョウ。とりあえず応急処置をしなきゃだから一緒に来て!」
キキョウと名乗った少女は僕の手を引いて走り出した。
これが僕、アリウムとキキョウの出会いであり、この出会いが僕の人生を大きく変えていったんだ───
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