第59話 伝わる思い

「痛むところは?」

「全身が少し……」

「冷やすよ」

「はい…………っぅ……!」


 ベルギアを背負って家に戻り、ベッドで休ませていく。

 冷やしたタオルを用いたり、治癒薬を使ったりしながらベルギアの身体を癒していく。

 不幸中の幸いというべきだろうか。打撲や擦り傷はあるものの幸い骨が折れているといった様子は見受けられなかった。






 一先ずの処置を終えた後、私はベルギアに視線を向ける。


「……私が何を言いたいかは理解しているね?」

「……はい」


 ベルギアは目を伏せることなく私へ向き合いながらそう答える。


 ベルギアは聡い子だ。

 私に心配をかけさせてしまったあらゆる要因について理解しているのだろう。


「旦那様を……旦那様に喜んで欲しくて。ごめんなさい」


 自らしたことに対して反省をしベルギアは頭を下げる。


「……ベルギア」

「はい」

「私はいつものように『謝らなくていいよ』……なんてことは言わない」

「……」

「わかっていると思うけどベルギアは危険な行動をした……そして実際に危険な目にあった」

「…………はい」

「私がどれほど心配したか……ベルギアは下手したら……死んでいたかもしれなかった」

「…………」

「だから私はちゃんと叱るよ。あんな事はもう二度とするなって。私を悲しませないでくれって。自分を大切にしろと私は君を叱るんだ」


 ベルギアは口をぎゅっと締め私の話を聞いていた。

 そして……。


「旦那様……ごめんなさい」

「反省をしているのはわかるよ。だからもう二度と……」

「違うんです」


 私の言葉を遮りベルギアは続けていく。


「旦那様を……喜ばせようと思ったのは本当です。でも……でも、違う気持ちがあったのも事実なんです」

「違う気持ち?」

「……旦那様がキキョウ様のお話をされる時寂しそうな表情をしているのを見て……少しだけ嫉妬心が芽生えてしまったんです」

「嫉妬心…………」

「……キキョウ様を1番愛されているのは理解しております。でも……それに嫉妬してしまって…………ベルギアも必要として欲しくて……」

「違うよベルギア」


 私はその言葉を遮り一蹴した。

 この勘違いだけは正さなければ行けなかったから。


「たしかに私はキキョウを思っている。大切な人だったし、今も思い返すと寂しく悲しい気持ちになることもあるよ」

「…………」

「でも、ベルギアも同じくらい私は思っている。ベルギアの姿が見えないだけで不安になるし、喜んでいるだけで私の心は暖かくなるんだ。順序なんてありはしない。私にとってベルギアは大切な家族だ。……そう思っているんだよ」

「はい…………!」


 ベルギアは静かに涙を流しながら強く頷いた。

 それは、私の言葉が伝わったことをきっと意味していたのだろう。


「何度も……何度も旦那様は仰ってくれていたのに……ベルギアは……旦那様を疑ってししまうような……」

「ベルギア……」

「旦那様が……ベルギアをキキョウ様の代わりにしたんじゃないかって……ずっと……」

「…………そんな事はないよ。キキョウのことがあってベルギアが目に付いたのは事実かもしれない。それでも一度とたりとベルギアを代替品だなんて思ったことは無い。ベルギアはベルギアで……私の大切な人なんだよ」

「はい……すいません……!」


 ベルギアは悔いるように涙を流し続けた。

 ポロポロと大粒の涙を流しながらも、ベルギアはどこか嬉しそうに思えた。


 ベルギアはこうは言っているが私にその不安を生じさせた一因があることに違いはない。

 私は宥めるように頭を撫でていた。

 ベルギアは大人しくその手に身をゆだねてくれていた。





「…………それにしてもそんなにも思い詰めていたんだね」

「すいません……」


 ズズッ……と、ベルギアは鼻水を啜りながらも腫れた目を擦りようやく涙が止まる。


「これは気づかなかった私も悪いよ。ごめんね」

「そんな……! 旦那様が謝ることなど……!」


 ベルギアが慌てる素振りをし立ち上がろうとすると。


「っぅ……!」


 身体を走った痛みに眉をひそませる。


「大丈夫かい。強く身体を動かしちゃいけないよ」

「すいません…………あの、旦那様」

「ん?」


 再びベッドに腰かけながらベルギアは私の顔を見る。


「よろしければでいいのですが……お話を……聞かせていただけませんか」

「私の……私達のかい?」

「はい……」


 私は腰を下ろし、深く息を吸って目を瞑った。

 さて…………。


「あ、ご無理にとはいいませんから……!」


 その行動を見てベルギアは慌てるように訂正をしていく。


「いいや。大丈夫だよ。どこから話そうかって考えただけさ」


 私は軽く天井を見上げ古い引き出しを開けていくように思い出していく。

 小さな子供の頃のこと、大きくなり冒険者になった時のこと、成長して旅を進めていたこと、独りでいた時のこと……。

 …………誰かに話すのは初めてのことだ。




「そうだね……少し長くなるけどいいかい?」

「はい。いつまででも」

「じゃあ話そうか……私達の話を」


 私はポツリポツリと話し始めた。

 静かな、静かな夜の中に私の言葉だけが響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る