第23話 成長




 石英硝子、ソーダ石灰硝子、ホウケイ酸硝子、クリスタル硝子、結晶化硝子、熱強化硝子、化学強化硝子などなど、多種多様な硝子の生産地でありながら、様々な硝子を用いた建物が観光名所となっている小国『紅鏡こうけい』。

 濃淡様々な紅色のクリスタル硝子と熱強化硝子で創られた居酒屋から共に出ては、二人して去って行く紫宙しそら羅騎らきを見送った琉偉るいふじ。常よりかは遅い歩調で宿へと足を動かす藤の背中を追いながら、琉偉は言葉をかけた。


「本当に藤さんもぼくたちと一緒に旅をするのですか?」

「『病院は人手が足りている。この病院にずっと留まり続けたから、ここらで修行の旅に出てこの病院以外の治療の技術を直に学んで来い』。そう病院長に言われてな。一人で気儘に旅をしようと思い、そう数日も経たずにまさかおまえが泣きながら助けを求めて来るとは思いもしなかった」

「泣いていません」

「ああ。そうだな。泣いてはいなかった。泣くのを堪えていたな」

「………」

「話が逸れたな。質問に答える。番になるか否か、番になったとしても、安定するまでに時間がかかる紫宙と羅騎を経過観察した方がいいとも判断した結果、暫くの間はおまえたちと共に旅をする事にしたが、気儘な修行の旅だ。紫宙と羅騎が安定するか否かに拘わらず、いつおまえたちとの旅から逸れるかもしれん」

「そうですか」

「琉偉」

「はい」

「おまえは羅騎と紫宙が番になっても共に旅をするつもりなのか?」

「………ぼくも暫くは兄様と紫宙さんを見守ろうと思います」

「見定めるの間違いだろう」

「見定めるなんてとんでもないです。だって、兄様が選んだ方ですから。兄様が受け入れた方ですから。ぼくは全面的に祝福します」

「そうか」

「はい」

「暫くは、と言ったが、羅騎と紫宙と別れてからはどうするつもりなんだ?」

「ぼくも。気儘に一人で旅をしようと考えています。その旅の中で、金継を生業にすると決めた兄様のように、ぼくが夢中になれる何かを探してみます」

「そうか」

「はい」

「羅騎は元より紫宙もおまえを早々手放しそうにはないが」

「紫宙さんもですか?」

「羅騎と二人きりで旅をするのは耐えられないだろう。なんせあいつは宇宙一情けないやつだからな」

「………藤さんは紫宙さんと親しいですね」

「幼馴染の腐れ縁だ。離れたと思ったらまた横に立っている厄介なやつだ。何だ? 私が羅騎から紫宙を横取りする気なのかと心配しているのか? だったら不要な心配だ。あいつと番になりたいなど一度たりとも考えた事はない」

「………でも、特別な関係では、あるのでしょう?」

「紫宙に向けられる感情は全部取り除いておきたいのか?」

「いいえ。そんな事をする必要もないと知っています」

「だったら、何をぶすぐれているんだ?」

「………紫宙さんに向けられる感情を全部取り除きたいとは思いませんが、藤さんに向けられる感情は全部取り除きたいと思っています」

「………………羅騎を独り占めできなくなって、手近な私で穴埋めしようと考えているとしたら止めておけ。私ではおまえの穴は埋めてやれん」

「はい。知っています。あなたは決してぼくの望むものを与えてくれない。だからぼくはあなたの望み通りに兄様について行ったんです。ついて行ってよかった。兄様はぼくの望むものを全部与えてくれましたから」

「羅騎以外にも与えてくれるやつを探し出せ」

「いいえ。いいんです。与えてもらえなくても。ぼくはあなた以外じゃ、だめなんです。兄様と一緒に旅をして、分かったんです。あなたじゃないとだめです。だから、ごっそりたくさんあなたにあげつつ、こっそり少しずつもらう事にしました」

「………兄離れをして一気に成長したか?」

「全部兄様のおかげです」

「………おまえを怖いと思う日が来るとはな」

「笑っているじゃないですか」

「おまえの成長を喜んでいるんだ」


(まだ子ども扱いからは脱却できそうにない、かあ)


 琉偉は肩を揺らして無音で笑う藤の背中を、僅かに眉尻を上げて見続けたのち、駆け走っては藤の横に並んで大股で歩き始めたのであった。











(2025.5.3)



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