第4話 溜息




 琉偉るいが去ってのち、地に垂直に立てた十字架に縄で縛られた紫宙しそらは、懸命に意識を保とうとするもいつの間にか気を失っていたのだが、奥深くに沈んでいた意識を強制的に引き揚げさせられては億劫げに瞼を持ち上げると、目潰しにあったのではないかと危惧するほどに鮮烈な金色が襲いかかって来たのである。


「兄弟そろって何だあ?」

「………はあ」


 羅騎らきだと判断してはやおら目を瞑った紫宙は、羅騎の深く重苦しい溜息を眉根を寄せた。


「何だよ? まだ二十七時間は経っていないだろうが」

「君は十字架の影響が及ばない吸血鬼だとふじ殿から聞いていました」

「何だよその俺が悪いって非難をたっぷりと含んだ言い方は?」

「私の愛する心優しい弟が君を心配するあまり眠れないようなのです」

「………俺にどうしろって?」

「僅かに焼け焦げた臭いがしますね。顔色も随分と悪い。脈も呼吸も乱れている。瞑っていますが、目も異常を来しているのではないですか?」

「酒の禁断症状だよ。目を瞑っているのはおまえの金髪が眩し過ぎるんだよ。自己主張が過ぎるんだよ。抑えろっての」

「そこまで減らず口が叩けるのであればあと二十時間捨て置いても平気でしょうね」

「そうそう。平気じゃないけど平気だよ。俺の罰はきちんと受けるっての」

「そうですね。寧ろこの程度で済む事を感謝してほしいものです」

「はいはい。感謝してます。本当に。もし、いや。弟には俺は平気だからちゃんと眠れって言っとけよ」

「もしも弟の身体に猛毒が流れていなかったら、弟が死に絶えるまで吸い尽くしていた。ですか?」

「………藤から聞いたのか?」

「私たちの旅に同行するに値する吸血鬼なのか。お世話になっている藤殿の頼みとはいえすぐに了承はできません。君の履歴を具に聞かなければ判断のしようがないではないですか」

「ご苦労なこった。すぐに断ればよかったんだよ。またおまえの弟を吸血する可能性もあるだろうがよ」

「ええ。そうですね。断ればよかったのです。けれど、心優しいこですから。弱っている生物を放ってはおけないのですよ。ですので、」


 開いていた一定の距離を一足で縮めては、剛毛な髭に覆われており発熱もしている紫宙の頬へと片手を押し当てた羅騎。目を細めては、さっさとアルコール依存症を治してくださいと囁いたのであった。


「私も大丈夫だと判断しましたが、それは期間限定の話です。いち早くアルコール依存症を治して元気に私たちの目の前から姿を消して、金輪際視界に入らないでくださいね」

「おっかねえ兄ちゃんだなあ」

「では、二十時間後にお迎えに来ますので、それまでいいこにしていてくださいね」


 紫宙の頬から艶めかしく片手を離したのち、羅騎は典麗な足取りで去って行ったのであった。


「………本当に人狼か。あいつ吸魂鬼じゃないのか」


 はあ。

 熱い水分を多分に含んだ溜息を吐き出したのち、紫宙はうっすらと目を開けては、金色が点滅していると独り言ちたのであった。











(2025.4.13)



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