第5話 金継





 カタコトカタコト。

 微かな揺れを感じてやおら開けた紫宙しそらの目に映るのは、淡い緑色の布地に金色の糸でクローバーの三つ葉と四つ葉と花、葡萄の実、羽ばたく鳩の刺繍が施されたエレガントな楕半円形の世界であった。


 幌馬車の中ですよ。

 琉偉るいは濃い青色の布張りをしている一人掛け用ソファにちょこんと上品よく座りながら、濃い青色のベッドに寝かされていた紫宙に現状を説明し始めた。


 出発時間が早まって紫宙を迎えに行ったのだが、いくら呼びかけても起きなかったので、幌馬車の中のベッドに寝かせて旅を始めた事。

 琉偉と羅騎らきは自由気儘な旅をしている事。

 旅の最中に羅騎が東方の国で会得した金継ぎの依頼を受けて稼いでいる事。

 金継ぎとは欠けたり割れたりした器を漆という漆の木の樹液を使って修復する伝統的な技法の事。


 具体的には。

 いち。

 破片の断面を面取りの粗いダイヤモンドヤスリで行い、断面に生漆きうるしを筆で薄く塗って、羅騎が自作した漆室うるしむろに入れて六時間以上かけて硬化させる。


 に。

 水で練った小麦粉に生漆を加えて「麦漆」という接着剤を作り、麦漆を破片同士の断面に塗りしっかり貼り合わせて漆室で一週間かけて硬化させる。


 さん。

 硬化後、はみ出た麦漆をナイフで削ったり、耐水ペーパーで研いだり滑らかにする。


 よん。

 接着後に欠損部分が見つかった場合は、下地やパテになる「錆漆さびうるし(水練りした砥之粉とのこに生漆を混ぜたもの)」をへらでこそぎつけて埋めていく。一日かけてそのまま硬化後、耐水ペーパーで水研ぎして滑らかにしたのち、純テレピン油で生漆を希釈したもので塗って、漆室で六時間以上かけて硬化させる。


 ご。

 接合部分や錆漆で埋めた部分に黒呂色漆くろろいろうるしを筆で塗り、漆室で一日かけて硬化させる。その後、耐水ペーパーで塗膜の表面を水研ぎする。これを三回繰り返して塗膜を厚くしていく。


 ろく。

 「呂瀬漆ろせうるし(黒呂色漆と生漆を混ぜたもの)」や弁柄漆べんがらうるしを薄く塗り、反乾きさせてから銀消粉ぎんけしふん金消紛きんけしふんを真綿に取って優しくなでるようにしながら粉を定着させる。漆室で二日から三日硬化させたら完成。


 完成までに約十三日間かかり、依頼を受けて器を手渡すまではその場に留まる。




 瞳の色を爛々と輝かせながらやおら言葉を口にする琉偉を、ベッドに横たわったまま見つめていた紫宙。次いで開かれている幌から御者台に座って馬を操る羅騎を見て、微笑を浮かべるのであった。











(2025.4.16)




(参考文献 : https://minne.com/mag/articles/2446?srsltid=AfmBOoqg9wa3lVZDxjhRVta_GrDReeZZn7nSO9BO8kivyqBEcmmixnbg)



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