第2話 兄弟




 対吸血鬼ハンター戦闘部隊として組織された暁闇あかつきやみに配属されて、厳しい訓練を経て、初めて実戦に投入された時、恐怖で身震いしていた俺にいい薬があると、透明な液体が入った小さなガラス瓶を渡してくれた吸血鬼が居た。

 恐怖を感じなくなると。

 怪しい事この上ない。などと、思考を巡らせる余裕すらなく。

 ガラス瓶に入っている透明な液体を一気に飲み干した。

 酒だった。

 酒を飲んだとしても恐怖が払拭できないやつも居るらしいが、俺は酒との相性がよかったのだろう。

 恐怖心が一切合切なくなったばかりか高揚感すら覚えた俺は、上司の号令と共に同輩も先輩すら追い抜き、吸血鬼ハンターへと爪を振り下ろした。

 それからというものの、吸血鬼ハンターとの戦闘の直前に酒を飲むようになり。

 酒を飲んだら気持ちがよくなるので、吸血鬼ハンターとの戦闘以外でも酒を飲むようになり、適量から過量へと転げ落ちて、いつからか、酒がないと生活ができないようになってしまっていた。






「俺が全面的に悪かった。非は認める。だから縄を解いてくれないか?」


 巨大な十字架に縄で身体を縛られては地に立たされている紫宙しそらは、二人の人狼を見下ろした。


 一人の人狼の名は、琉偉るい

 前髪をセンター分けして鎖骨の辺りまで伸ばす真っ直ぐな淡い金色の髪の毛、身体の線が細く、少し甘さを残しながらもクールな顔立ち、自分の幸せを他人に分け与えていそうな幸薄い雰囲気の少年の姿をしている彼は、倒れた紫宙を心配して話しかけてくれた心優し人狼であった。


 もう一人の人狼の名は、羅騎らき

 身長の差はあれど、琉偉と双子かと見紛うほどにそっくりな髪型、体形、顔立ちながらも、髪の毛の色は濃い金色で、他人の幸せを奪い取っていそうな幸濃雰囲気の青年の姿をしている人狼であった。

 琉偉と羅騎は兄弟であった。


「私の愛する琉偉の血を了承もなく勝手に吸血しておきながら、もう自由にしてくれと乞うなんて。あり得ないですね」

「いや。本当に悪いとは思ってるよ。思ってるけど。俺もさあ。そこの坊ちゃんの猛毒で殺されそうになったわけだし。どういうわけだか生きているけど」

「琉偉が助けたのです」

「え? あ。そうなの。それはありがとう。それに、ごめん。勝手に吸血して。もうしないからさ。縄を解いてくれないか?」


 仁王立ちする羅騎から、隣で両の手を組んで所在なさげに見上げて来る琉偉へと視線を移した紫宙に、解きませんと鋭い声音で言い放ったかと思えば、羅騎は琉偉の前へと回って、この場に似つかわしくないにこやかで涼やかな笑みを向けたのであった。


「解くわけないでしょう。君には一生を懸けて琉偉に罪滅ぼしを行ってもらいます」

「いやあ。俺はアルコール依存症を患っているから、迷惑をかけるだけだ。捨て置いた方がいい」

「ええ。知っています。ふじ殿からこき使ってやってくれとも言われました」

「え? 藤を知っているのか?」

「ええ。私たちの身体に流れる猛毒を研究したいとの申し出を受けてから。かれこれ百年の付き合いでしょうか。随分とお世話になっています」

「へえ。世の中広いようで狭いもんだなあ」

「とりあえず出発するまでの二十七時間はそのままで居てもらいます。反省してくださいね。さあ。行きますよ。琉偉」

「はい。兄様」


 これ以上話す事はないと言わんばかりに颯爽と紫宙に背を向けた羅騎と、気遣わし気な視線を向けながらも羅騎と共に去って行く琉偉をぼんやりとした表情で見つめた紫宙は、どうしたもんかなあと呟いたのであった。


「俺。十字架は効かないはずなんだけどなあ」


 禁断症状か、猛毒の後遺症か、十字架の効果か。

 力が入らない紫宙はとりあえず眠る事にしたのであった。











(2025.4.8)



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