旅する吸血鬼

藤泉都理

第1話 猛毒




「旅に行け」


 淡い紫色で前下がりボブの髪型、端正な顔立ちに肉体を維持し続ける、男性吸血鬼であり医者でもあるふじは、髪の毛も口髭も顎髭も伸び放題、身だしなみに無頓着であり、不摂生な生活を送りながらも筋肉質な肉体を維持し続ける、アルコール依存症患者でありながら同族でもある男性、紫宙しそらの腹に、アンバー色で革素材のボストンバックを落とした。


「何だあ?」


 中身がどっさり入っているボストンバックの落下の衝撃で目が覚めたのだろう。

 もう昼酒の時間かあ、と、呑気に言う紫宙の頭と腹に落としたボストンバックを掴んでは、藤は病院内を規則正しく進んだのち、ぺいっと外へと投げ出した。


 純白のシーツが敷かれたベッドに眠っていた紫宙は、アルコール依存症で数えるのも莫迦莫迦しくなるほどの入退院を繰り返し続けている。

 紫宙は真剣にアルコール依存症を治療しようという気はさらさらなかったのだ。

 治療は受け付けないくせに、入退院を勝手に繰り返しては特権を生かして病院を無料の宿代わりにする紫宙に、我慢の限界が来た藤はボストンバックごと病院から追い出したのである。


「旅に行け。自力でアルコール依存症を治して来るまで、この地に足を踏み入れるな。足を踏み入れたが最後、死ぬよりも恐ろしい目に遭わせてやるからな」


 扉をそっと閉めたのは、流石は医者と言うべきなのか。

 患者に自力で病を治せと放り出すのは、それでも医者かと言うべきか。


「まあ。俺が悪いんだけどさあ」


 ぼりぼりと。

 無造作に伸びまくっている漆黒の髪の毛を掻いてのち、恐ろしい目に遭う前にと、ボストンバックを持って、病院に背を向けて歩き出した。

 のは、三時間前。

 藤の言う通りに馴染みの地から出たところで、手や全身の震え、発汗、吐き気、不整脈、耳鳴りという禁断症状に襲われた紫宙が地面で蹲っていると、一人の少年が話しかけてきたのだ。

 美味しそうな香りがする。

 瞳孔が大きく開く感覚に身の毛がよだった紫宙が咄嗟に自身の身体を抑え込もうとしたのだが、遅かった。

 差し向けられていた少年の小さく薄く柔らかく仄かに青白い手に、勝手に伸びた二本に牙を食い込ませては、芳醇な味がする血を思う存分に啜ろうとしたところで、紫宙は気を失ったのである。


 久方ぶりの吸血行為が、久方ぶりに肉体に取り入れた血が、身体に毒だったのではない。

 本当に毒だったのだ。

 しかもそんじょそこらの毒ではない。

 猛毒も猛毒。

 一滴身体に取り入れただけで死に至る猛毒である。




(あ。俺。これ。死ぬんじゃ)




 意識が薄れゆく紫宙は知る由もないだろう。

 この少年、琉偉るいと、少年の兄、羅騎らきという、毒を肉体に宿す人狼兄弟と旅を共にする事になるなど。




(死ぬ前に、酒。を、)




 まったく知る由もなかったのであった。











(2025.4.8)



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