3-28.メルモルド・リフォン

「合意なく未成年の寝込みを襲うとは、メルモルド様であっても、すでにお亡くなりになっていたとしても、ザルダーズ側としては見過ごせません。この先もつきまといストーキング行為を続けるようでしたら、弁護士を通して、正式に抗議いたします」

「いやいや。チュウケンくん。つきまといストーキングなど、ワシはこれっぽっちも考えておらんよ。オルゴールを集めることにしか生きがいを見いだせぬ、老い先を使い尽くした哀れな老人じゃ」


 全く哀れにはみえない老紳士は、大仰に両手を振って自分をアピールする。


「嫌がらせ行為をおこなうようでしたら、私が直々に成敗いたします」

「せいばい……じゃと?」

「私の成敗は見様見真似の独学ですので、プロが行う調伏といった生易しいものではありません。跡形も痕跡も一切残りません。行き先は信仰する宗教によって選んでいただけますが、メルモルド様は奈落がいいですか? それとも煉獄? 地獄でしょうか?」

「……あいかわらず、チュウケンくんは冗談が冗談に聞こえんのぅ」

「冗談ではありませんよ。本気です。ウチの新入りに取り憑くおつもりなら、常連様であっても容赦しませんよ」


 チュウケンさんは険しい表情で、目の前の幽体を凝視する。

 部屋の空気が重苦しいものへと変化する。

 ハッソウさんは舌なめずりしながら、ポキポキと指を鳴らし始めた。


「これ以上、この子に近づくのも控えていただきたい」


 背中にしがみついていたミナライくんが、救いを求めてさらに密着してくる。


「この子は敏感すぎます。どうやら、メルモルド様はこの子に感化されて実体化できたようですが、そこまでです。これ以上はだめです。生者と死者の一線を越えないでください」


 メルモルド氏の目を見据え、ゆっくりとした口調で語って聞かせる。


 感覚が鋭い子だとは前々から気づいていたが、今日のミナライくんの働きぶりを見ていて、チュウケンさんは確信していた。

 ミナライくんは様々なモノの魂を見抜き、引き寄せる素質ギフトの持ち主だ。


 目録や隠し金庫を見つけだしたり、対応した書類や巻物スクロール冊子ブックを手早く揃えることができるのは、優れた記憶力とそのギフトの組み合わせによるものだ。


 今は無意識での行いだろうが、訓練すればさらに能力が高まり、使いこなすことができるようになるだろう。


 便利そうに見えるが、ギフトは悪いモノに対してもその威力は発揮される。

 メルモルド氏の幽体もミナライくんのギフトによって引きよせられ、姿を現すことができたのだ。


「おおぅ。怖い。怖い……。死んだとたんに手のひらを返したような雑な扱い。常連だったというのに、ザルダーズは薄情じゃのう」

「メルモルド様はオルゴール関連しか入札してくださいませんでしたよ」

「蒐集家とはえてしてそういうものじゃろう。そこはシビアにせねばな!」


 ふおっ。ふおっ。ふぉ。とメルモルド・リフォンの幽体は笑う。

 ふたりは普通に会話をしていた。

 和やかそうに見えるが、会話をしているチュウケンさんも、それを見守っているハッソウさんも緊張を解かない。

 少しでもメルモルド氏が妙な真似をすれば、ためらわずに粉砕するつもりでいた。


 肉体の枷から開放された魂は昇天して、それぞれの世界の法則にしたがってその先のステージへと進む。しかし、どの世界にも幽体となって留まってしまうイレギュラーが存在する。


 肉体という器がなくなると、この世に留まった魂は、時間の経過とともに暴走し、生前の性格、欲望がより極端になるのだ。


 生前に修行を積んで功徳を重ねれば、神と呼ばれるような幽体にもなれるが、大抵のヒトは自制がきかなくなり、欲望に飲み込まれてしまう。


 好々爺に見えても、実際のところはわからない。化けている可能性もある。


 若者たちの苛烈な殺気を感じとったのか、メルモルド氏は大仰に肩をすくめ、両手を上げて悪意がないことを全身でアピールする。とはいっても、下にいくほど透明度が増し、下半身は後ろの風景に溶け込んでしまっているのだが。


「すまん。すまん。だれもワシに気づいてくれなくてのぅ。そこの坊やがようやくワシに気づいてくれたもんだから、嬉しくなってついつい」

「ついつい?」

「……あいや。ちょっとイタズラしようかなと思ったのじゃが、鑑賞室の札とそのくまちゃんぬいぐるみの威力が強すぎて……残念なことになにもできんかったわい」

「…………」


 チュウケンさんとハッソウさんの顔に笑顔が浮かび、部屋に冷気という名の殺気が漂いはじめる。


「チュウケンさん。今回の仕事、幽体は依頼主に含まれてないッスよね?」

「ああ。含まれていない」

「だったら、ここで、この幽体をオイラがボコボコのベコベコのグチャグチャにしても、問題にはならないッスよね?」

「うん。ならないよ。むしろ、悪霊退散で喜ばれるかな」

「それでは、実行のお許しをいただきたいッス」


 ハッソウさんは爽やかな笑顔のまま、どこぞの武闘家のような構えをとってみせた。


 その剣呑な雰囲気に、メルモルド氏とミナライくんが同時に震えあがる。


「悪霊じゃと! 未遂なのに、ボコボコのベコベコのグチャグチャはあんまりじゃろう! 年長者への敬意はどうした」

「生憎と、オイラは敬意を強要する者に払う敬意は持ち合わせてないッスよ」


 バッサリと黒衣の若者に否定され、メルモルド氏の幽体は慌てふためく。


「すまん。すまん。申し訳ない。もう悪さはしないから、許してくれ」

「もう? ということは、今までのことは、やはりあなたの仕業でしたか!」

「断じてちがう!」


 ぶるんぶるんと勢いよく首を振るメルモルド氏を、若者たちは冷ややかな目で睨みつけた。


「ワシはなにもしておらんぞ!」


 ふん、と腰の辺りに手をやりふんぞり返る。開き直ったようだ。


「ワシやお祖父様、お父様が蒐集した可愛い子コレクションたちが、ワシの子や孫を呪い殺したと噂されていたので、心配で心配で……。それが気になって成仏できんかっただけじゃ!」

「コレクションの中には呪いの品はないと?」

「当然じゃ! うちの子オルゴールに限って、そのようなことは断じてない! うちの子はそんな野蛮なことはしない!」

「…………」


 メルモルド氏は必死の形相で、自分のコレクションの無罪を訴える。


「……それって、ろくでもない子の親が、自分の子どもをかばうときによく言うセリフッスよ……」


 ハッソウさんのため息混じりの呟きが虚しく響いた。

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