3-29.騒がしい霊

「ワシが集めた子たちは、生まれも育ちもよいものばかりじゃ。素晴らしい音色を奏でる逸品じゃぞ。そんな天上のメロディを奏でる可愛い子たちが、どうやって、ワシらを呪い殺そうとするんじゃ! ありえん話じゃ!」

「いや、ひとつかふたつくらい、怪しそうだな……ってのがあってもいいんじゃないッスか?」

「ひとつもない! ワシの子を悪く言うな!」


 どうやら平行線だ。

 チュウケンさんとハッソウさんは互いの顔をみて溜め息をつく。

 一体、なにをしにノコノコと現れたのか。


「なるほど。その可愛い子コレクションたちが、不当な扱いを受けていることに対しての復讐ですか」

「なにを言っておるんじゃ!」

「でしたら、コレクションの管理人を解雇されたことに対する逆恨みからですか?」

「ちがうぞ! あやつもそろそろ年だからもっと楽な場所で働きたいと言ってきたのを、ワシがお願いして無理に引き止めていただけじゃ。辞めたことを別に恨んではおらんし、オルゴールのオの字もしらぬ息子たちが、あやつレベルの優秀な専門家を雇えるとは思ってもおらん」


 死人のような青白い顔を真っ赤にさせながら、メルモルド氏は反論する。


「だったら、大事なコレクションが処分されることに対しての怒りからッスかね?」

「お主らは、どうやってでもワシを犯人に仕立てたいのか!」

「メルモルド様はすでに死亡しております。この世に留まっているだけで、立派な犯罪容疑者になります」

「う――ん。大事な宝を奪われないために怨念と化した当主が、己の子孫を次々と手にかけていく。『夏の百物語りグランプリ』的には……ちょっとインパクトが弱いッスかねぇ」

「ワシは善良な幽体じゃ! 怨念ではない!」

「恨みはないのですか? 祖父の代から受け継いできたコレクションの全処分ですよ?」


 チュウケンさんの追求に、メルモルド氏は思わず口を閉じる。

 わずかな沈黙の後、老紳士は顎髭に手をやりながら再び口を開いた。


「まぁ……ちぃとばかし思い切りがよすぎるといえばよすぎるが、あきらめておる。メンテナンスができる者がいない状態で、下手に手元に残しておいてもよくないじゃろう。その危うさはチュウケンくんもわかっているじゃろう?」

「はい」


 保存状態が悪いと、どのような素晴らしい品でもまたたく間に劣化してしまう。

 丁寧に扱うのは大前提だが、温度、湿度、紫外線、塵埃、カビや虫など様々な要因から守り、状態管理しなければならないのだ。

 オークショニアをしていると、素晴らしいモノとの出会いがあるが、その半面、保管に失敗したモノとの遭遇もまた避けられない。


「コレクションの中には非合法な手段で手に入れた子もあるのだが、ザルダーズはそれも承知の上で、全てのコトをまとめて引き受けてくれるのじゃろう? 文句を言えばバチが当たるというものだ」

「…………」

「ようやくわかってくれたかのぅ?」


 静かになった若者たちに、メルモルド氏はおずおずと問いかける。


「ええ。まぁ。メルモルド様がおっしゃりたいことは、伝わりました」


 チュウケンさんの返事に、メルモルド氏の顔がぱっと輝く。

 いや、全身がじわじわと輝きを放ちはじめた。


「そ――か。そ――か。わかってくれたか。さすが、チュウケンくんは話がわかる好青年じゃわい」

「褒めてもなにもでませんよ」


 メルモルド氏は「ふおっ。ふおっ。ふぉ」と笑う。憑き物が落ちたような、とてもすっきりした顔になっていた。

 心なしかメルモルド氏の透明度が増したような気がする。


「ザルダーズに任せておけば、すべてをうまく取り計らってくれる。安心じゃわい。ワシの大事な子を頼むぞ」

「お任せください。……ところで、メルモルド様はバルコニーから転落して死亡されたとうかがっていますが、そのときのことを詳しく教えてただけませんでしょうか?」


 薄くなっていく幽体に向かってチュウケンさんが質問する。


「ふむ! 忘れた!」

「……はい? ご自身の死に様ですよ? ご自身が最後に体験したことですよ?」

「いやぁ、よく覚えておらんのじゃ。気づいたら死んでおったわい。世の中ってモンはそんなものじゃろう」

「いえ、違うでしょう」

「ふおっ。ふおっ。ふぉ。チュウケンくん、細かいことは気にするな!」


 メルモルド氏が大声で笑う。

 その豪快な笑い声にあわせて、部屋の天井や壁が、ミシッ、パキッツと奇妙な音をたてる。

 壁にかけてあった絵が床の上に落ち、サイドボードに置いてあるガラス製の水差しが、カタカタと揺れながら倒れた。

 ガラスの砕ける音と、ミナライくんの悲鳴が重なる。


「いや、メルモルド様、そこは気にしてください。思い出す努力をしましょう。コレクションの無実を世間に訴えるためにも必要な作業です。実際に呪いによる事件は起こっているのですから」


 その言葉にメルモルド氏が反応する。


「死人に口なしじゃ。いいかね、チュウケンくん。死んでしまったワシの言う事などをアテにしておっては、一流のオークショニアにはなれんぞ」

「メルモルド様!」

「どんなに大事に手入れをしていても、壊れるときは壊れるものじゃよ。ヒトも同じ。死ぬときは死ぬ。おっと……時間切れじゃのう」

「メルモルド様!」


 老紳士は最後に「ニヤリ」と笑って消え去った。


「あ――。もしかして、成仏しちゃったッスか?」


 ハッソウさんの独り言に、ミナライくんはコクリと小さく頷いた。


「面倒事はこちらに丸投げってことッスかね?」

「そのようだな。血は争えないようだ」

  

 まるっと全てをザルダーズに押しつけたメルモルド氏とレジーナ嬢のしたたかさに呆れ返るも、チュウケンさんはそれを受け入れる。


 少しのアクシデントがあったが、チュウケンさんとハッソウさんはそれぞれの部屋で眠ることにした。


 ちなみに……チュウケンさんの部屋は、Sサイズの破廉恥なネグリジェとLサイズのパジャマが一着ずつしか用意されていなかったという。





 ……チュウケンさんがどのような格好で眠ったのかは、今回の出張査定最大の謎となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る