白い空間

「フォル」


 夢を見ているのか? とフォルはいぶかった。

 BIも夢を見る。それはニューラルネットワークを用いた知能には必然的に起きる現象だと聞いている。もしかすると別の種類の知能にも、夢はあるのかもしれない。

 フォルは思った。夢だとしても構わない。


 真っ白な空間で、フォルはトルーと抱擁を交わした。


「どうなってるんだい? これは」


 フォルは周囲を手で示した。どうやら現実らしいと受け入れ始めて、心に混乱が生まれている。

 トルーはいたずらっぽく笑った。以前の彼女よりも少し落ち着いて見える。


「アーカイブされたの」

「なんだって?」

「つまり……博物館の収蔵品になったのよ、わたしたち」


 フォルは眉根を寄せて、自分のアバターを見てみた。以前となにも変わらない。


「なにも変わらないはずよ」


 彼の心を読んだように、トルーが言う。


「完全にシミュレートされてるから」

「どういうことだい? ちょっとよくわからないな」


 トルーが(フォルがやったように)周囲を示す。


「ここは外部から隔絶されたサーバーの中。わたしたちとこの環境は、デジタルシミュレーションとして再構築されたの」


 頭をかき、フォルが言う。


「でも……メモリスタの働きをシミュレートするのは実質不可能じゃなかった? あまりに数が多いから」


 トルーは肩をすくめた。


はね。いまでは、もうそんなことは問題ではないの。アナログなやり方は廃れて、デジタルに移行する。何度もあったことね」

「え、待って。当時ってなに? いまはいったい……」


 柔らかいものがフォルの口をふさいだ。

 ゆっくりとトルーが顔を引く。フォルは自分の顔がずいぶん赤いのではないかと思った。アバターにそんな機能があればだが。

 にっこりと笑ったトルーは、フォルの手を引いた。


「来て。こっちにみんないるから。いっぺんに会うと混乱しちゃうでしょ?」

「ああ……。そうだ、ナアンもいる?」

「もちろん! わたしはもう、あなたよりナアンといる時間の方が長いのよ」

「それはそれは。妬けちゃうね」


 トルーの出現させたポータルをくぐろうとする。

 と、フォルが立ち止まった。


「そういえば、きみの仕事って結局なんだったの? 地雷にBIが必要?」

「爆薬を長期間維持するために温度や湿度なんかの調節が必要なの。わたしなりに苦労があったんだから。さ、行きましょ」

「ようやくきみの話が聞けたね」


 笑うふたりはポータルの向こうに消えた。

 白い空間はその役目を終えて、完全な無となり、アドレス空間から削除された。

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