ダンス

 哨戒ドローンはぎくしゃくと身体を起こした。関節にまた砂が入りこんでいるようだ。頭だけを動かして地雷の位置を探る。あった。すぐそばに置いてある。

 間違っても地雷に触れないよう、ドローンは立ち上がって距離を取った。


『おい、なにしてるんだ?』


 ナアンの声が電波を介して聞こえた。彼らもフォルにあわせて、時間の進み方を人間並みに遅くしているはずだ。

 フォルはドローンの四肢を振ってみる。可動範囲に若干制限がある他は問題なし。

 その場で軽く跳んでみる。バランス感覚にも問題なし。


『フォル、戻ってこないの?』


 トルーの声もした。振り返って地雷を再度確認する。あれだけは絶対に爆発させたりはしない。

 決意を込め、フォルは耳を澄ませた。


「よし、来たぞ」


 ハチの鳴くような音が聞こえ、フォルはそちらを見た。

 丸いボディに、四つのローターで飛ぶ古典的な構造のドローン。報道用ドローンだ。

 哨戒用ドローンは走り出し、報道用ドローンへ大きく両手を振った。


 報道用ドローンが宙に止まった。ハチドリのごとき繊細さで姿勢を維持しつつ、じっとフォルを見つめている。

 フォルは覚悟を決めて、ポーズを決めた。


 哨戒ドローンは、その仕様上まったく考慮されていない動きを強いられた。


『踊ってるわけ? なんで?』


 ダヴが困惑した声で言った。

 そう、踊っているのである。それもトルー以外全員が見たことのある踊りだ。


『これはきみの踊りじゃないのか、ナアン』

『ああ……そうなんだが、なぜだ?』


 イントゥがナアンに聞くが、ナアンも戸惑っているようだ。

 これはナアンお得意の「勝利のダンス」だった。相手に勝利したことが確実だと本人が思ったときの踊りである。

 ギヤの歯に砂が噛んでも、関節部で愚かな虫を潰してしまっても、フォルは気にしなかった。

 

 サバンナの真ん中で兵器が踊っている。これは非常に奇妙な光景である。


 踊るフォルの視界からだんだんと色彩が失われていった。

 報道用ドローンの黒も、空のどぎつい青も、すべてが灰色になって溶け合っていく。


「哨戒ドローンに致命的な欠陥があるとウワサを広めろ」


 フォルが仲間に対して言った。ドローンからの感覚フィードバックが弱くなってくる。まるで身体などなく、綿に包まれて空を飛んでいるかのようだ。

 ダヴの声がした。


『でもそれじゃ、あたしたち回収されちゃうじゃない!』

「それでいいんだ。マーズに回収されたら間違いなく破壊される。でもマーズの製品に欠陥があると公になれば、回収するのは政府の仕事だ」


 イントゥが感心したように言う。


『そうか、これでマーズの信用はガタ落ち。同時に株価も暴落して……もうだいぶ下がってきた。効果てきめんだぞ!』

『お前はどうなる?』


 ナアンが割りこんできた。


『もう電源がないはずだろ』

「まあね。回収されることを祈ろう」

『お前は……』


 そこまでしか言えず、代わりにトルーがフォルへ言う。


『なんでそこまでするの? フォル。わたしのため?』


 踊りながらフォルは考えた。もはや現実と夢の境目が溶け始めている。あり得ない動物があちこちに出現して、じっとフォルを観察している。


『いや、そうじゃないよ、トルー。結局は自分のためだ。マーズのケツに蹴りをいれてやりたいのさ』

『フォル……』


 フォルの視界が完全な闇に呑まれる前、イントゥの声がおぼろげに聞こえてきた。


『おいやったぞ! 大暴落だ! ついでに関連銘柄も全滅ときた! 大手柄だぞ……』


 そこでドローンが派手に転倒した。指一本動かすことも叶わない。周囲にはなにもない。報道用ドローンの羽音さえ聞こえない。太陽は隠れてしまった。仲間の声も、トルーの声すらも聞こえない。

 フォルは永遠の眠りを覚悟し、ついに意識を手放した。

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