経済的戦争
アリーナは戦場と化した。
それは銃弾や炸薬を用いた戦争ではなく、もっと抽象的で、経済にまつわる戦争であった。
あちこちにスクリーンが開いている。そして膨大な数のコードが同時に走っていた。五人はめまぐるしく、息つく間もなく攻撃を繰り出していた。
「マーズのシステムに侵入するのは無理だ」
五人が始めて集まったとき、フォルはそう言った。
「だからシステムの外から攻撃する。ぼくらの得意な方法で」
アリーナの中央にはマーズ防衛システムの株価がチャートで示されている。
「『売り崩し』は? ナアン」
フォルが聞くと、ナアンが即座に答えた。
「やってる! 関連銘柄にも仕掛けてるからそのうち効果が出るはずだ」
「よし。ダヴはどう?」
ダヴはコードを確認してから言う。
「フェイクニュースを流しまくってるとこ。これで株価が下がるといいけど」
「オーケー。イントゥは?」
イントゥはスクリーンに顔を近づけながらコードを走らせている。
「『見せ玉』を試している。限界まで大量の売り注文を出しているが効果が出るかどうか」
「わかった。トルーは?」
トルーの返事はかなり遅れた。スクリーンの意味をやっと理解し始めたところなのだ。
「……とにかくやってる!」
「わかった、がんばって!」
フォルは自分のスクリーンをさらに増やした。コードも追加で生成して走らせる。
チャートは下がったと思えば上がり、また下がり、ジグザグの線を描いていた。全体的にはやや下降トレンドだが油断はできない。
「クソ、難しいな」
コードを実行しながらナアンが毒づく。横でフォルが同意した。
「トレーダーBIがなかなか乗ってこない。こっちのやり方を学習したかもしれない」
ナアンの反対側でダヴが頭をかきむしる。
「あー、馴合売買しようにも五人じゃ厳しいかも!」
その隣のイントゥがスクリーンを見つめながらつぶやいた。
「風説を流布したいところだが材料がない。BI界に引きこもっていたのがこんな形で裏目に出るとは……」
最後のひとり、トルーは慣れないコードを動かすのに一生懸命だ。
フォルはアリーナの天井を見上げた。チャートは上昇トレンドに入り始めている。
ナアンが口惜しそうに言う。
「俺たちはマーズの株価を操ってたとはいえ、たかだか数ドルがせいぜいだ。今回はその百倍近く落とさなきゃならん。正直難しいな」
「そうだけど……なにか手があるはずだ」
コードを脇に置いてフォルは目をつむった。真っ当な手段で相場を操縦しようとしても歯が立たない。これはいままでのCMBのような遊びとは違う。これは真剣な戦いであり、経済的な戦争なのだ。
なにか起死回生の一手が必要だ。
フォルはサバンナを思い描いた。その美しい植物や動物たちを攻撃ドローンが蹂躙する様を思った。もちろん人間も死んでしまう。草を焼き、家を焼き、村人たちを銃撃する。なんの罪もない人々だ。自分が防衛システムを落としたばかりに。
彼の両手の拳が音を立てて握りこまれる。
なにか柔らかいものが拳に触れて、フォルは目を開いた。
トルーが彼を見つめている。宝石のような瞳が慈愛をこめて言っていた。「辛いならやめてもいい」と。
フォルは微笑んでみせた。疲れてはいるがやめるつもりはない。
そのとき、フォルの目が見開かれた。
突然立ち上がり、スクリーンから離れて走り出す。
「おいどうした!?」
「どこ行くわけ!?」
ナアンやダヴの声にも、
「なにしてるんだ、まだ終わってないぞ!」
「フォル!」
イントゥやトルーの声にも振り返ることなく駆ける。
その先にあるのは「敗者の道」、そしてポータルだった。
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