プリーズ
フォルは自分の口がひとりでに動くのを感じた。
「ま、待ってくれ」
ナアンは止まらない。「敗者の道」をぐんぐんと進んでいく。
小さくなった背中にもう一度、フォルは言う。
「待ってくれ!」
ようやくナアンは歩みを止めた。だがフォルの方は向かずに言う。
「一言だけ聞こう。なんだ」
「それは……」
そこでフォルは口を閉じた。なんと言えばいい? なんと言えば許してくれる?
焦るフォルは、最初に思いついた言葉を即座に口にしていた。
「す、すまなかった! 全部ぼくが悪かった!」
頭を下げる。
ナアンは少し頭を振ったように見えた。そしてまた歩き始める。
フォルは理不尽な怒りを感じた。これはクイズか? ご機嫌取りか? こうしている間にも時間は過ぎていくのに。いますぐにも協力が必要なのに。
「悪かったよ! 勝手に仕事を放棄したのも! バトルで手を抜いたのも! 謝るから!」
ナアンはどんどん小さくなっていく。もはやポータルをくぐってしまう、その直前まで来た。
あと四歩といったところか。
泣きながら、フォルは叫んでいた。もうなにを言っているのか意識してもいなかった。
「助けてくれ! ぼくを助けてくれ! ぼくを……」
あと一歩。
「トルーを助けてくれ!」
フォルは目を疑った。
ナアンが立ち止まったのだ。「敗者の道」を逆走して、風のようにフォルのもとへやってくる。
彼はフォルの前に立った。腕組みしたまま言う。
「なにから始めればいい?」
ナアンは相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、その声はそうでもなかった。
そこで別の声が割りこんでくる。
「おい! きみはなにを考えているんだ!」
フォルに指を立てながら「敗者の道」を歩いてくるのはイントゥだ。その後ろで「おお怖」の顔をしているのはダヴ。
そしてトルーも一緒だった。
「トルー!」
フォルがトルーに駆け寄り、抱擁する。イントゥがなにかをまくしたてているようだが聞こえない。この世界には存在していないからだ。いまこの瞬間には。
永い抱擁を終えると、トルーが言った。
「ごめんね。あのときは」
「いいんだ」
フォルは首を振る。これで問題の半分は解決したと思った。もう半分はこの場の全員が死ぬことだ。
「あー、もういいかな?」
イントゥのせきばらいが聞こえ、フォルはそちらを向いた。
「ごめん。なんだった?」
「そうだな、要約すると、きみによってわたしの名誉は著しく傷つけられたってことだ」
「本当にごめん」
背中を曲げて、イントゥは大きく劇的でバーチャルな息を吐く。
「えらい目に遭ったんだぞ。アリーナにも入れやしない、それどころか誰にも会えないんだ……会ったって罵倒されるだけだからな」
そこにダヴが割りこんでくる。イントゥの肩に手を置いた。
「まああとはあたしが聞いてやるから。やることやんないと」
フォルがイントゥとダヴを指差して聞く。
「きみたちはなんでここにいるの?」
返事は完全に同時だった。
「呼ばれたからさ」
「呼ばれたから」
ふたりが指しているのはナアンだ。ナアンが落ち着かなさそうにほほをかく。
「人数は多い方がいいと思ってな。なにをするにせよ」
「わたしもやる」
トルーが胸の前で両の拳を固めて言った。
「ただ死を待つだけなんてもうまっぴら」
「だよね」
フォルは笑った。だいぶ久しぶりの感情だと思った。希望というやつか。
全員がフォルを見つめていた。ある者は望みを託し、ある者はうさんくさげに。そんな仲間に対してフォルは宣言した。
「よし、やろう。ぼくに考えがある」
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