甘い語らい
『PD-33543。ルートを外れている。応答せよ』
無線の声がした。声色がささくれだっている。
「すみません、ちょっと迷ってしまいました」
『速やかに帰還ルートへ復帰せよ』
「了解」
近頃のフォルは迷子の常習犯となっていた。トルーのいるところから五百メートルも離れたところを歩けだなんて、とても耐えられたものではない。
オレンジ色にハイライトされた地雷を慎重に避けながら歩みを進める。
もはやおなじみの歌が聞こえ始めた。
「待ったかい?」
「ううん、そんなでもない。案外退屈しないのよ」
トルーは即答した。白い空間には時計もなにもない。外の世界が何時何分かどうやって知るのだろう、とフォルはいぶかしむ。
きょろきょろしているフォルを見て、トルーが笑った。
「なにしてるの? さ、座って」
フォルがおずおずとトルーの隣へ腰を下ろす。しばし見つめ合い、やがて彼が切り出した。
「調子はどう?」
「まずまずね。変わりない。そっちは?」
「CMBで……ああ、この話題は興味ないか」
トルーは首を振る。フォルに身を乗り出した。
「聞かせて。実はあなたのおかげで興味が湧いてきたところなの」
「本当?」
「もちろん」
「じゃあ……」
最初こそ遠慮がちだったが、フォルの語りは立て板に水といったところだった。そもそもCMBとはなにか。その魅力とは。普段見られるテクニックと、(ここが大事なのだが)自分だけに使えるテクニックの差とは。
トルーは口をはさむこともなく、熱の入ったフォルの解説に聞き入っている。
「あっ、しまった」
フォルが突然語りを中断した。
「どうしたの?」
「いや、話しすぎた。この話題で話せる人がいないから、つい。ごめんね」
「いいの。なんだか面白かった」
「本当に?」
「あなたの顔、表情がころころ変わるから」
「ああ、そっち」
やや肩を落とすフォルの背中に、トルーがそっと手を置く。バーチャルな体温が伝わってくるようで、フォルの電力消費が激しくなった。
トルーが弁解するように言う。
「CMBにも興味が出てきた。本当よ」
「無理しなくていいよ」
そうは言っても、フォルは口許が上がっていくのを隠せない。
トルーが首を傾げた。
「でも不思議ね。あなたチャンピオンなんでしょう?」
「そうだよ。見えない?」
「そうじゃなくて。なぜこの話題で話せる人がいないの? チャンピオンならお友達がいっぱい出来そうじゃない」
フォルは天をあおいだ。
「ぼくもそう思ってたけど、現実は甘くない」
「ごめんね。変なことを聞いて」
「いいんだ」
フォルがトルーに向き直った。彼女の目を射貫くように見つめる。
「最近は気にならないから」
ふと、フォルの視界がゆらめいた。舌打ちをして電源の残量を確かめる。帰投できるギリギリしかない。
「ごめん、もう電源が無い。帰らなきゃ」
「無理しちゃダメって言ってるでしょ!」
「ごめん」
「それじゃまたね」
「ああ、また」
ドローンの身体から届く信号は不機嫌なものだった。あちこちの関節に砂が入っているし、ギヤが欠けている箇所すらある。
だがフォルは気にしなかった。
軽やかな……おんぼろドローンに可能な限り軽やかな足取りで、軍事基地への帰還ルートを進み始めた。
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