バトルの観戦

「ヒーローのご到着だ!」


 年配のBIがフォルを出むかえた。ここはアリーナのVIP席。通信遮断壁を箱状にして作られている。アリーナの観客席最上段にはこんな箱がいくつも並び、BI同士が秘密の会話をするのだ。


「やめてよイントゥ、むずがゆい」

「事実だろう? チャンピオンなんだから」


 イントゥが笑いながらフォルの背中に手を回し、席へ導いた。


「それに、わたしにとってきみは金の卵を産むガチョウのようなものだ」

「なにそれ?」


 席の背もたれにアバターの背中がめりこみそうだと思いながら、フォルが聞く。

 イントゥはなんでもない、と片手を振った。


「人間の言い回しさ。ともあれ、きみによってわたしは欲しいものが手に入る。きみには感謝しているよ」

「ほしいものって? 電力とか?」


 笑いながらイントゥは首を振る。


「いやいや。我々はコインに埋められたチップの中の存在に過ぎない。電力は融通できないんだ。では我々はなにを欲しがるか」


『5マイクロ秒! 結果は?』


 目の前ではふたりの選手が戦っている。

 この前はあのアリーナに立っていたんだ、とフォルは思った。トルーと出会ってからこちら、あまりCMBに熱が入らなくなっていた。あのふたりの選手の熱闘にも興味が湧かないどころか、やや滑稽にすら思える。

 ただの娯楽だ。


「娯楽?」

「そうとも! 冴えてるじゃないか」


 ぽつりと漏らしたフォルのひとことを、イントゥは聞き逃さなかった。フォルが聞いているかどうかに関係ない様子でまくしたてる。


「そう、娯楽だ。BIに人間の与える業務なんて、片手間で処理できるようなものばかり。やれあっちを監視しろ、やれ照準を補正しろ、やれ紙を拾えだのなんだの。つまりBIは常に退屈している。そこでこのCMBだよ。人間様にバレないよう、こっそり悪い遊びをするってわけだ。おまけにマーズのケツに蹴りをいれてやれる」

「自分でやればよかったんじゃない?」


 その質問で、イントゥは一気に老け込んだように見えた。 


「できたらそうしている」


 背筋を意識して伸ばし、イントゥは続ける。


「ともあれ、きみの才能を見いだしたのはわたし。CMBを紹介したのもわたし。そして、きみとともに『名誉の板』に名前を刻みつけられるのもわたしだ」


 フォルはアリーナの一角を見やった。そこには大きな板がある。板にはいくつもの名前がずらずらと並んでいた。それらはCMBの歴代チャンピオンと、その世話人の名前なのだ。

 ため息をつきながら、フォルは言った。


「イネ科の植物が何種類あるか知ってる?」

「いや、知らん。なんの話だ?」


 フォルはなんでもない、と片手を振った。

 イントゥが心配そうにフォルの目をのぞきこむ。


「大丈夫か? 次の試合はナアンだ。一度勝っているが強敵だぞ」

「わかってる。わかってるよ」


 あいまいに笑うフォルを、イントゥはなにかを疑うような目つきでじっと見ていた。

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