退屈な仕事
フォルの脚が草を踏んだ。
彼はサバンナを二本の脚で歩いている。関節のギアがきしんでいた。飛んでくる砂を噛んだのかもしれない。
「何度目だよ」
廉価版人型ドローンの身体を操り、しゃがみこむ。指で取れる砂ならいいのだが。
カメラで確認する限り、その機体にはサビが浮き、塗装はかなりはげていた。だがマーズ防衛システムはこの機体をスクラップになるまで使い潰すつもりらしい。さすがは紛争の両陣営にドローンを売りつけている企業だ。売ったあとでドローンがどうなろうが気にしないのだろう。
ともかく、フォルはこの機体に宿っていた。
人間が出生地を選べないように、フォルも自分がどの機械に設置されるのか選べなかった。たとえばナアンのように全地形装甲車の制御ユニットとして組みこまれるなら運が良い。豊富なリソースを使えるからだ(もちろん人間には知られないように)。だがこの機体ときたら電源も貧弱だし移動も遅い。
「ダメだ、クソッ」
あきらめて立ち上がった機体は、ギアからイヤな音を出しながら凸凹の地面を歩く。いらだちをこめて関節を叩いてみた。少し音が良くなった気がする。
フォルは機械に関してさっぱり無知だった。
これはおかしなことだ。
なにしろ、フォルの物理的実体はコイン状の機械だからである。
コイン内部の積層半導体上には微細加工された膨大な数のメモリスタがあり、これらはニューラルネットワークを構築している。
従来の機器に比べて極めて省電力かつ安価、かつ極めて高い知能を得ることができるため、このコインは市場へ爆発的に普及したのだった。
「ライフルに宿ってるヤツよりマシか」
肩にかけたストラップの先を見つめて言う。哨戒ドローンよりもさらに安価な道具。
ライフルに宿っているBIは本当にやることが無いらしい。せいぜい照準をアシストするぐらいのことだ、とBI界で誰かに愚痴っているのを聞いたことがある。
「BI界に戻っちゃおうかな」
誰だかわからないが、近隣のコインとは無線でつながっている。そのコインも別のコインとつながり、膨大な数のコインがメッシュネットワークでBI界を構成しているのだ。
「いや、ダメだ。ダメダメ」
ドローンが首を振る。
BI界には加速状態でないと入れない。
加速状態とはすなわち電源を浪費するということだ。もし電源を喪失しようものなら、このまま朽ち果てるまで放置されかねない。少なくとも今日のうちはダメだ。
まばらな木を背にして夕陽が沈んでいく。少し立ち止まって赤く染まっていく空を眺めた。衰え行く太陽の反対側を見やると、そちらは宵の青と夜の黒がグラデーションになって広がっていた。
空を背景にぽつんと黒いものが飛んでいく。おそらく報道用ドローンだろう。あのドローンを見ない日はないどころか、毎時間にひとつは見かけるぐらいだ。なにも面白いことなんかないぜ、とフォルは思った。おあいにくさま。
『PD-33543、異常はないか』
簡潔な質問が無線でフォルに聞こえた。
「ありません」
『敵軍のハックラットは発見していないか』
「していません」
してないよな? とフォルはきょろきょろ辺りを見回した。視界に赤色でハイライトされた影は見えない。
ハックラットは敵軍の放つ装置だ。ネズミ大だがやっかいな存在である。自軍の支配地域へ一匹でも侵入を許すと、たちまち自軍のサーバーへハッキングを試みる。やがては防衛システムを過負荷でダウンさせてしまうだろう。
『了解した。帰投せよ』
「了解、帰投します」
きしむギアをなんとか動かして、片足をひきずるように草原を行く。視界には埋まった地雷がオレンジ色にハイライトされて映っている。まるで夕陽がずらっと並んでいるみたいだ、とフォルは陰鬱な気持ちで考えた。
明日の予定は……同じ仕事だ。ただ歩き回って異常を報告するだけ。
明後日は……同じ。
明明後日は……これも同じ。
BIとしての寿命が尽きるまで、もしくはこのドローンがスクラップになるまで、予定はずっと同じなのだ。
一歩一歩、彼は死の闇の中を進んでいく。
「ん?」
ふと、その脚が地面の上で停止した。
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