為替操作バトル(CMB)
『おおーっと! ナアン選手の「見せ玉」が炸裂! カウント開始ィッ!』
アリーナに実況の声がびりびりと響く。聴衆は沸きに沸いた。
『1マイクロ秒! 2マイクロ秒!……』
聴衆とともにカウントが進められていく。フォルは身じろぎもせず、ただその結果を見守ることしかできない。
『5マイクロ秒! 結果は?』
アリーナ中央に設けられた大型モニターへ全員の注目が集まる。ほどなくそこに結果が表示された――チャート上でローソクが上に伸びている。
『マーズ防衛システムの株価が……一気に1.12ドルも上昇です!』
フォルの相手であるナアンは不敵に笑うと、お得意の「勝利のダンス」を踊ってみせた。踊りながら猛烈な勢いで自らのアバターを書き換える。最終的に全体が床へ立てた親指と化した。お前の負け。
これはあらかじめ用意したアバターを用いたものではなかった。こんな途方もない
リソースを使い果たしたBIは活動を停止せざるを得ず、その再起動は鈍重な人間の手が必要だ。BIにとってそれは一世代もの間停止していることを意味する。その間にBI界はすっかり変わってしまい、流行や文化にも取り残されてしまうだろう。
「調子に乗るなよ」
フォルが言うと、ナアンは自身の形態を通常に戻してあざ笑う。
「てめえになにができんだよ? 大した電源にもつながってないくせに」
痛いところを突かれた。電源の大きさはリソースに直結する。つまり電源が大きければ、より長い間高速の計算が可能で、準備期間が稼げるのだ。
だがフォルは不適な笑みを浮かべて言った。
「思い知ることになる」
「はは、どうやって……」
ナアンをさえぎって、フォルが叫ぶ。
「ぼくはもう手を打った! カウントを始めて!」
実況のBIがうなずいて言った。
『了解です! カウント開始!』
ふたたび長い5マイクロ秒が経過していく。ナアンは必死に考えている様子だ。フォルの手の内を解き明かそうというのだろう。だがフォルはそれが無駄な試みであることを知っていた。
『なんと! マーズ防衛システムの株価が急降下! 3.45ドルの下落です! これはいったいどうしたことか!?』
実況が吼える。
ざわめく観客を背に、ナアンが狼狽しきった様子で整合性確認コードを走らせているのが見えた。
「無駄だよ。これはいかさまじゃない」
フォルが言うと、ナアンが激高してコードをたたき割る。飛散したビットがアリーナの照明で宝石のようにきらめいた。
「なにをしやがった!」
「ぼくはなにも。ただ、その会社の株を売りたがってるヤツらがわんさかいるって知ってただけさ。だからお前が株価を上げたとたん売りに走った。それだけさ」
ナアンは地団駄を踏む。
「汚え! 汚えぞ!! それじゃあ最初から俺に勝ち目なんてなかったじゃねえか!」
「そうだよ」
フォルが指を立ててナアンを指した。
「きみの負けだ。市場調査を怠るなかれ、だろ?」
「ぐう……!」
手元にスイッチを出現させたナアンは、それを拳で潰した。
アリーナの照明が赤へと変化する。決着がついたのだ。
嵐のような歓声の中、フォルは両腕を広げて破顔した。
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