第11話 “守りたい”って、はじめて思った

 次の日、朝から村は少しだけざわついていた。

 広場の前に、よそ者の男たちが何人か来て、村長の家に出入りしているらしい。


「ティオ、今日は家の前から離れないでね」


 パンを焼きながら、エルナがいつもと違う少し張りつめた声で言った。


「どうしたの?」


「少し、遠くの街の商隊の人たちが来てるの。大したことはないと思うけど……万が一があるからね」


 異世界に来てからというもの、この村はずっと静かで、穏やかで、まるで世界にふたりきりみたいな気がしていた。

 でも、ちゃんと世界は動いていて、村の外にも知らない誰かがいて、その誰かがこの村を訪れることもある。


(エルナ、ちょっと不安そうだったな)


 その顔が、胸の奥に引っかかっていた。



 昼頃、ダグラスが村の集会所から戻ってきた。


「エルナ、ティオ、大丈夫か」


「おかえりなさい、何かあったの?」


「まあ、ただの商談だった。けど、あの連中……どうも目つきが良くねぇ」


 ダグラスは、眉間にしわを寄せながら窓の外を見た。


「ティオも、今日は家から出るな。約束だぞ」


「うん」


 ティオは大きくうなずいた。

 でも――ふと、家の裏の畑に忘れてきたスケッチブックのことを思い出した。


(ちょっとだけなら……すぐ戻るから)


 そう思って、そっと裏口から外に出た。



 畑は、白い雪がところどころ溶けていて、空気が冷たく澄んでいた。

 そのときだった。


「お、坊主。こんなとこで何してんだ?」


 背後から、聞き慣れない低い声がした。

 振り向くと、見たことのない男たちが数人、にやにやしながらこちらを見ていた。


「……!」


「おいおい、そんなに驚くなよ。ただの子どもか。……けど、この村のやつか? 少し話そうぜ」


 怖かった。足がすくんだ。声が出なかった。


 逃げようとした瞬間――


「ティオ!!」


 大きな声が響いた。

 走ってきたのはダグラスだった。

 その顔はいつもの穏やかなものじゃなくて、まるで獣みたいに鋭く、怖いくらいだった。


「ティオから離れろ」


「ちっ、なんだよ親父。ちょっと話そうと……」


「“家族”に手を出すやつは、この村じゃ生きて帰れねぇぞ」


 ダグラスの怒気を含んだ声に、男たちは顔を引きつらせ、舌打ちして去っていった。


 ダグラスはすぐに俺のもとへ駆け寄り、がっしりと肩を抱いた。


「ティオ、大丈夫か」


「う、うん……でも、怖かった……」


 その瞬間、ティオは自分でも驚くほどの勢いで、ダグラスの胸にしがみついた。


「……ぼく、エルナとダグラスを、守りたい」


「……なんだ?」


「ぼくも、大きくなって、ふたりを守れるようになりたい……っ」


 ダグラスは、驚いたように目を見開き、そして静かに笑った。


「そっか。ティオ、お前はもう、ちゃんとこの家の息子だな」


 その言葉に、胸が熱くなる。


 “守りたい”って、こんなに強く思ったのは、生まれて初めてだった。


 怖いことも、不安も、この村の外の世界も――

 それでも、ここは俺の帰る場所だ。

 この家族を、俺はずっと守りたい。


(もっと強くならなきゃ)


 そう、心に強く誓った、はじめての冬の午後だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る