第11話 “守りたい”って、はじめて思った
次の日、朝から村は少しだけざわついていた。
広場の前に、よそ者の男たちが何人か来て、村長の家に出入りしているらしい。
「ティオ、今日は家の前から離れないでね」
パンを焼きながら、エルナがいつもと違う少し張りつめた声で言った。
「どうしたの?」
「少し、遠くの街の商隊の人たちが来てるの。大したことはないと思うけど……万が一があるからね」
異世界に来てからというもの、この村はずっと静かで、穏やかで、まるで世界にふたりきりみたいな気がしていた。
でも、ちゃんと世界は動いていて、村の外にも知らない誰かがいて、その誰かがこの村を訪れることもある。
(エルナ、ちょっと不安そうだったな)
その顔が、胸の奥に引っかかっていた。
*
昼頃、ダグラスが村の集会所から戻ってきた。
「エルナ、ティオ、大丈夫か」
「おかえりなさい、何かあったの?」
「まあ、ただの商談だった。けど、あの連中……どうも目つきが良くねぇ」
ダグラスは、眉間にしわを寄せながら窓の外を見た。
「ティオも、今日は家から出るな。約束だぞ」
「うん」
ティオは大きくうなずいた。
でも――ふと、家の裏の畑に忘れてきたスケッチブックのことを思い出した。
(ちょっとだけなら……すぐ戻るから)
そう思って、そっと裏口から外に出た。
*
畑は、白い雪がところどころ溶けていて、空気が冷たく澄んでいた。
そのときだった。
「お、坊主。こんなとこで何してんだ?」
背後から、聞き慣れない低い声がした。
振り向くと、見たことのない男たちが数人、にやにやしながらこちらを見ていた。
「……!」
「おいおい、そんなに驚くなよ。ただの子どもか。……けど、この村のやつか? 少し話そうぜ」
怖かった。足がすくんだ。声が出なかった。
逃げようとした瞬間――
「ティオ!!」
大きな声が響いた。
走ってきたのはダグラスだった。
その顔はいつもの穏やかなものじゃなくて、まるで獣みたいに鋭く、怖いくらいだった。
「ティオから離れろ」
「ちっ、なんだよ親父。ちょっと話そうと……」
「“家族”に手を出すやつは、この村じゃ生きて帰れねぇぞ」
ダグラスの怒気を含んだ声に、男たちは顔を引きつらせ、舌打ちして去っていった。
ダグラスはすぐに俺のもとへ駆け寄り、がっしりと肩を抱いた。
「ティオ、大丈夫か」
「う、うん……でも、怖かった……」
その瞬間、ティオは自分でも驚くほどの勢いで、ダグラスの胸にしがみついた。
「……ぼく、エルナとダグラスを、守りたい」
「……なんだ?」
「ぼくも、大きくなって、ふたりを守れるようになりたい……っ」
ダグラスは、驚いたように目を見開き、そして静かに笑った。
「そっか。ティオ、お前はもう、ちゃんとこの家の息子だな」
その言葉に、胸が熱くなる。
“守りたい”って、こんなに強く思ったのは、生まれて初めてだった。
怖いことも、不安も、この村の外の世界も――
それでも、ここは俺の帰る場所だ。
この家族を、俺はずっと守りたい。
(もっと強くならなきゃ)
そう、心に強く誓った、はじめての冬の午後だった。
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