第9話 雪のなかで見つけた“おかえり”の意味

 雪は、次の日も静かに降り続いていた。


 エルナとダグラスの手を握って帰ったあの夜が、まるで夢みたいだった。

 暖炉の火が落ち着きを取り戻したあと、スープを飲んで、ぬくもりの中で眠ったはずなのに――目を覚ましたとき、少しだけ胸の奥がもやもやしていた。


(なんだろう……なんか、心がざわざわする)


 体は元気。でも、気持ちが落ち着かない。


「ティオ? おはよう。……顔が暗いけど、どうしたの?」


 朝のテーブルで、エルナが心配そうに声をかけてきた。


 ほんのすこし迷って、でも正直に言った。


「……なんでぼく、ここに来たんだろうって思った」


 スプーンを持っていた手が止まる。

 エルナは驚いたような、でも悲しそうではない顔で俺を見つめた。


「……そうね、いつかその話は出ると思ってたわ」


「うん。前の世界のこと、まだ全部は覚えてる。つらかったことも、誰にも必要とされなかったことも……でも、ここで家族ができて、毎日が優しくて……」


「うん」


「でもね、それが――怖くなるときがあるんだ。これが夢だったらどうしようって。いつか“元の世界に戻れ”って言われたら、どうすればいいのかなって……」


 不安は、心の底からゆっくりと上がってくる冷たい霧のようだった。


 この幸せがあたたかくてやさしいからこそ、消えてしまう未来を想像すると、息が苦しくなった。


 けれど、そんな俺にエルナはまっすぐ向き合ってくれた。


「ティオ。たとえあなたがどこから来た子でも、どんな過去を持っていても――わたしは、あなたを“いまここにいるあなた”として、愛してるの」


「……うん」


「この家は、あなたの“帰る場所”でありたい。あなたが“帰りたい”と思ってくれる限り、何度でも『おかえり』って言うわ」


 その言葉に、胸の奥の霧が、ふっと晴れていく気がした。


 “帰る場所”。

 前の世界では、それがなかった。暗い部屋、無言の冷蔵庫、スマホの通知のない画面。


 でも、今は――


「……ぼく、ここに帰りたい」


「じゃあ、決まりね」


 エルナは笑って、スープを差し出した。

 そのあたたかさが、まるで「未来を信じていいんだよ」と教えてくれているようだった。


 窓の外には、白い雪がふわふわと舞っていた。


 それを見ながら、俺は小さくつぶやいた。


「……ただいま、って毎日言う。ずっと」


 そして、エルナとダグラスのふたりは声を揃えて――


「おかえり、ティオ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る