第6話 はじめての喧嘩、そして……
冬の朝は、布団から出るのも一苦労だ。
だけど、この日は朝からちょっとだけ心がそわそわしていた。
昨日の「だいすき」は、今でも胸の奥にぽかぽかと残っている。
けれど、それと同時に、どこか“恥ずかしさ”みたいなものもあって――朝食のとき、つい目をそらしてしまった。
「ティオ、パンのおかわりいる?」
「……いらない」
「あら、今日は少ししか食べてないじゃない」
「……べつにいいでしょ」
自分でも、ちょっと冷たく返しちゃったなって思った。
でもなんか、照れくさくて、顔を見られなかった。
エルナは少しだけ困ったような顔をしたけど、何も言わずに席を立った。
静かになった食卓で、ポツンと残った俺の心は、妙にざらざらしていた。
(なにやってんだよ、俺……)
自分でもよくわからなかった。
子どもの感情って、こういうふうにぐちゃぐちゃになるのか。大人だった頃の自分じゃ、制御できていたものが今は暴れる。
午後、家の裏の木のそばで、ひとり石を蹴っていた。
エルナの顔を見るのが気まずくて、なんとなく逃げていた。
そんなとき、トントンと背中を軽く叩く音がした。
「ティオ」
立っていたのは、ダグラスだった。がっしりした体に、あの落ち着いた声。
「……なに?」
「エルナ、ちょっと泣いてたぞ」
その一言に、心臓がぎゅっと縮んだ。
「……え?」
「お前に嫌われたんじゃないかって、不安だったんだとさ」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「わかってる。けどな、言葉ってのは、伝えないと伝わらないんだ」
ダグラスはしゃがみ込んで、俺の目線に合わせた。
「ティオ、お前はエルナのこと、どう思ってる?」
「……だいすきだよ」
「なら、それをちゃんと伝えてやれ」
その言葉に背中を押されるようにして、俺はゆっくりと家の中に戻った。
*
エルナは、編みかけのセーターを手に持ったまま、暖炉の前に座っていた。
「……エルナ」
呼ぶと、彼女は少し驚いた顔でこちらを見た。
「さっき……ごめんなさい」
エルナは何も言わず、ただじっとこちらを見ていた。
「ぼく……恥ずかしかっただけで……エルナのこと、ほんとに……だいすきなのに……」
言葉が詰まりそうになったけれど、がんばって続けた。
「……なのに、冷たくしちゃって、ごめんね……」
その瞬間、エルナの目に涙が浮かんだ。
「ティオ……ありがとう。ちゃんと気持ち、届いたわ」
ぎゅっと抱きしめられて、俺はまた泣いてしまった。
家族って、こういうことなんだと思った。
嬉しいことだけじゃなくて、すれ違って、ぶつかって、でも最後には――ちゃんとわかりあえる。
この世界で、俺はちゃんと“家族”になってるんだ。
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