第6話 はじめての喧嘩、そして……

 冬の朝は、布団から出るのも一苦労だ。

 だけど、この日は朝からちょっとだけ心がそわそわしていた。


 昨日の「だいすき」は、今でも胸の奥にぽかぽかと残っている。

 けれど、それと同時に、どこか“恥ずかしさ”みたいなものもあって――朝食のとき、つい目をそらしてしまった。


「ティオ、パンのおかわりいる?」


「……いらない」


「あら、今日は少ししか食べてないじゃない」


「……べつにいいでしょ」


 自分でも、ちょっと冷たく返しちゃったなって思った。

 でもなんか、照れくさくて、顔を見られなかった。


 エルナは少しだけ困ったような顔をしたけど、何も言わずに席を立った。

 静かになった食卓で、ポツンと残った俺の心は、妙にざらざらしていた。


(なにやってんだよ、俺……)


 自分でもよくわからなかった。

 子どもの感情って、こういうふうにぐちゃぐちゃになるのか。大人だった頃の自分じゃ、制御できていたものが今は暴れる。


 午後、家の裏の木のそばで、ひとり石を蹴っていた。


 エルナの顔を見るのが気まずくて、なんとなく逃げていた。


 そんなとき、トントンと背中を軽く叩く音がした。


「ティオ」


 立っていたのは、ダグラスだった。がっしりした体に、あの落ち着いた声。


「……なに?」


「エルナ、ちょっと泣いてたぞ」


 その一言に、心臓がぎゅっと縮んだ。


「……え?」


「お前に嫌われたんじゃないかって、不安だったんだとさ」


「そ、そんなつもりじゃ……」


「わかってる。けどな、言葉ってのは、伝えないと伝わらないんだ」


 ダグラスはしゃがみ込んで、俺の目線に合わせた。


「ティオ、お前はエルナのこと、どう思ってる?」


「……だいすきだよ」


「なら、それをちゃんと伝えてやれ」


 その言葉に背中を押されるようにして、俺はゆっくりと家の中に戻った。



 エルナは、編みかけのセーターを手に持ったまま、暖炉の前に座っていた。


「……エルナ」


 呼ぶと、彼女は少し驚いた顔でこちらを見た。


「さっき……ごめんなさい」


 エルナは何も言わず、ただじっとこちらを見ていた。


「ぼく……恥ずかしかっただけで……エルナのこと、ほんとに……だいすきなのに……」


 言葉が詰まりそうになったけれど、がんばって続けた。


「……なのに、冷たくしちゃって、ごめんね……」


 その瞬間、エルナの目に涙が浮かんだ。


「ティオ……ありがとう。ちゃんと気持ち、届いたわ」


 ぎゅっと抱きしめられて、俺はまた泣いてしまった。


 家族って、こういうことなんだと思った。


 嬉しいことだけじゃなくて、すれ違って、ぶつかって、でも最後には――ちゃんとわかりあえる。


 この世界で、俺はちゃんと“家族”になってるんだ。

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